第十三話 『星海への帰還』
合宿3日目の夜、監督は合宿での練習試合を通しての選手ごとのデータを整理していた。
暁幻大(合計3試合)
山梨学院戦:先発4イニング、2安打1四球0失点。
専修松戸戦:抑え2イニング、1安打4奪三振0失点。
帝京高校戦:中継ぎ2イニング、0安打0失点。
監督は目を閉じてからもう一度開き、また数値に目を戻して。
「なんなんだこいつは?1試合で長く投げるスタミナがない以外に弱点がないのか?」
投手適性、全種コンプリート。
この3日投げさせてみたが痛みやだるさの申告もなく、パフォーマンスは落ちていない。
零も「これを基準値に修正しておきます」と言ったくらいだ。
ウェアラブルの数値は個人差が激しく、一概に「この数値を超えたら限界」などと言えるものではない。
ゆえに個人に合わせてそのベースを作成する必要がある。
ここまでの過密トレーニングは今まで1年生は経験していない以上、前例とすべきデータ自体が存在しなかった。
よって、この合宿で得た数値がベースになっていく。
現時点で言えることは。
「強い、優秀だとは思っていたが、ここまでくると意味が分からんな。
味方でよかったと考えるべきか」
考えるだけ頭が痛くなるため監督は思考をいったん止め、次いで田代のデータに目を通す。
田代剛(合計3試合)
山梨学院戦:中継ぎ3イニング、2四球1失点。
専修松戸戦:先発7イニング、4四球5失点。
帝京高校戦:抑え1イニング、1四球0失点。
「とにかく四球が多い。かといって置きに行く球では打たれがちになる。制球力を高めてもらうしかないな。
中継ぎとしてはいいが、今は先発や抑えで起用するには安定感が物足りない。
短期に制球が荒れれば大量失点の危険が発生する。専修松戸戦がいいケースだ。
ただ収穫もあった」
零のウェアラブルデータと、澪のトラッキングデータを呼び出して画面上に並べる。
「スタミナが多く、7イニング投げても平気だった。翌日の試合や練習でも球が走っていたことから回復力も高い可能性がある。
今は制球が不安定だが、4月に比べれば制球力が増しているとも聞いている。
それに、大きく失点してもそこから投げ出したり焦って自滅したりする感じはなかった。このマインドは高評価だ。
将来的に並以上の制球力を得て、体も今以上に成長すれば、間違いなく全国のエースクラスになれる」
未完の大器と、監督は田代をそう評した。
二人の投手データをバックに回し、代わりに打者のデータを呼び出す。
そして、1番打者として採用している根付の成績を監督は見分していく。
「出塁が4割近く、投げさせた数は平均11.3球、か。
根付は普通の評価軸じゃ評価がしにくいんだよな。
こいつにとっての出塁は『もう投げさせる必要はない』といつ割り切って安打や四球を選ぶかにかかっている。
投げさせ続けようとすれば相手は疲弊する。その代わり確実に出塁するチャンスを潰すこともある。その逆もしかりだ。
打撃技術もだが判断力が大きく関わってくる。
そこをどう育てるかがあまりに難しい」
根付の性質を整理するように口ずさみ、監督は思案していく。
やはり実戦に近い形で想定練習させるのが一番なのだろうかと、監督はとりあえずメモしておく。
有能ではあるが、やはり異端枠というのは運用や育成が難しい。
その分ハマった時は力を発揮してくれるので、手放す気も起きない。
あらためて3人のデータを並べて、眺めてから監督は一つ頷く。
「やはり今年の1年は黄金世代、いやプラチナ世代かもしれないな。3人以外にも見込みがあるやつはいるし、まだまだ潜在能力が眠っているやつらも二軍にいるだろう。
夏までに誰が頭角を現してくるか楽しみだ」
そこからまた時間をかけて、監督は朝日が昇るまでこの先の春大会をどうするか、夏に向けてどう動いていくかのプランを練っていくのだった。
孤独な作業。だがここにはさすがに女子マネも立ち入らせはしない。
監督自身の思惑や期待を聞かせれば、優秀な専門家たちのデータが主観で歪むかもしれない。
それに責任は、大人である己が負うべきなのだ。
翌日、帰りのバスにつつがなく生徒たちを押し込め欠員がないことを確認した後、監督は己の席でぐーすかといびきを上げて眠りにつき始めた。
完徹をしてしまったため、さすがに限界がきたのだろう。
一方で生徒たちは、合宿疲れで寝ているものもいればしっかり昨夜も睡眠を取って元気であるがゆえに遊んだり歓談していたりするものもいる。
そして座席の席分けは、行きとは違い、完全自由になっていた。
暁の周囲の座席は梅本・怜・紫苑・澪で埋められていた。
暁に両隣に怜と紫苑、怜の正面に梅本、梅本の隣であり暁の正面に澪、という形だ。
「梅本先輩は暁をどうリードしているんですか?」
怜の質問に対し、梅本は特に隠すでもなく開示する。
「暁はフォームが結局どうなるか分からないから、速度や球質はこっちも読めない。だからブレのある投手と組むときと同じようにバッファを持つんだ。
ぎりぎりのコースを狙う必要はない、どうせ微細なコースで攻めなくてもバッターは暁のその時の差に対応できない」
梅本の言葉に、紫苑が口を挟む。
「どちらのフォームになろうが、そのどちらもがぎりぎりのコース、もしくは物理的に手が出ないコースになるように配置するリードの方が相手も対応が難しいと思いますが」
「あら、それはキャッチャーが毎回100%完璧なリードができて、しかも投手も応えられる前提じゃないの?」
澪が、梅本を擁護するようにその紫苑に反論。
「その100%を目指すのがキャッチャーの、いえ選手の仕事でしょう。その上で至らぬ時は適時調整する。最初から目指さないのは違うのではないですか」
「霧島さんは理想家ね。でも現実にそれを実行に移すには難易度が高いし、負荷がかかるわ。崩れた時のプランも持っていなきゃいけないのよ」
「ですからそれは当然前提として」
なんだか女子マネージャー同士で加熱しだしたのを梅本は特段気にせず、怜に話の続きをする。
「先ほどのが技術論だな。一方で精神論では、とにかく投手の好きなことをさせてやることだ。
好き勝手にさせる、ではないぞ。その投手の好む配球やシークエンス、自信を持っている球、そういうのを効果的に配置して投手のモチベーションを高く保つ。
気分良く投げさせてやるのが結局投手の力を引き出せる」
くいくいと梅本の袖を引っ張る暁に、そちらを見ずにゼリー飲料を与えながら、梅本は語る。
「つまり梅本先輩はモチベコントロールを最優先にしている、ということですか?」
「そうだな。投手というのは繊細だ。キャッチャーはそれを導くのが仕事だと思っている。
それは試合の中だけではなく、日常も含めてだ。組む相手のことを知らなきゃうまく導いてやることなんかできない」
「確かに、モチベーションも大事ですね」
怜は追従するように頷いたが、その言葉を正確にとらえれば『それ以外にも大事なものはあるけど』と匂わせているのが分かる。
「怜、モチベーションが大事なんだからお前も俺にお菓子をくれていいんだぞ」
「お菓子だけでモチベーションが保てるのは楽でもあるが、お前は本当にそれでいいのか?」
暁の要望に呆れた顔をする怜だが、結局シリアルバーを分けてやる。
暁は子リスのようにそれをかじり始めた。
「とはいえ、これは俺のやり方だ。お前にはきっとお前に合ったやり方があると思う。
俺は今年の夏までだ、その後はお前たちの時代だから、お前たちが自分で切り開いていかなきゃいかん」
「梅本先輩は、プロは目指してないんですか?」
怜の切り込むような質問に、梅本は苦笑して少し窓の向こうの流れる風景を見る。
「そりゃなれたら嬉しいけどな、俺は打撃の方がそんなに得意じゃないから。たぶんドラフト指名はされんだろ。
甲子園でめちゃくちゃ活躍して、それでやっと育成枠に指名が引っかかるかも、ってとこじゃないか」
「じゃあ俺が、連れてってあげましょうか?」
シリアルバーを食べきった暁が、何でもなさそうにあっけらかんと口にする。
それに思わず梅本は吹き出し、ぐしゃぐしゃと暁の頭を撫でる。
「ははは、それはいいな。じゃあ、よろしく頼むぞ」
「はい」
くすぐったそうに、何も考えてなさそうに、暁は梅本の温かい手つきを受け入れながらはにかむように笑った。
それを見守る怜も、澪も、紫苑さえ、少し柔らかい空気をまとった。
バスは星海学園へと帰還する。
この先、夏に向けて時間は流れていく。
夏の本番、神奈川地区夏の県大会。
7月の頭から始まるそれに向けて、彼らは進んでいくのである。
その先、甲子園を目指すために。




