第十一話 『私の配球』
このGW合宿では3日間、毎日他校との試合がある。
この試合の大きな目的は、監督目線で2つ。
1つは1年生たちの過密日程における連戦耐性を測ること。もう1つは暁と田代の投手適性を確認することである。
投手には大別して、試合の最初に登板して形作る『先発』、他の投手との中継地点となる『中継ぎ』、試合を締めて逃げ切るための『抑え』の三種類があるのは有名だが、当然そこに必要とされる能力の優先順位も異なる。
よく言われるのは先発には安定性、中継ぎには準備の早さ、抑えには最大出力。
もちろんそれだけではないが、傾向としてはそんなものだ。
この1ヶ月で、暁や田代の適性はある程度は推測できるデータがあるにはある。
だが、『全国の強豪に通用するレベルかどうか』までは未知数なところがあった。
ゆえにこの合宿で測る、まあ当然の流れである。
なお、この合宿中の試合において通常とは異なる点がある。
それはなにかというと。
「各選手、心拍安定しています。暁くんは少し高いですが、緊張下の適性値から外れてはいません」
ベンチに響ではなく、零がいること。
タブレット端末にリアルタイムで送られてくる、ウェアラブルからのデータを睨みながら監督に報告している。
この合宿での練習試合の目的は勝つことではない。ならば、今は心理戦のための響よりも健康管理の零の方がベンチマネージャーにする必然性は高い。
「ところで監督、スコア付けのこの部分はどう記せばいいのですか?」
「うん?見せてみろ。ここはな」
ついでにいえば、野球という競技への適合がまだすんでいない零への教育という面もあった。
零はウェアラブル端末メーカーの開発者の娘だった。
その父が家に仕事を持ち込むタイプであったため、零は自然とデータに囲まれて育つことになる。
結果として、零はウェアラブルデータの読み取りに優れ、様々な競技に興味を持つようになった。
星海学園の野球部を進路に選んだのは、1年生でもスタッフ相当の経験を積ませてもらえると聞いたからである。
ただ、父のメーカーが主に扱っていたのは水泳や持久走に合わせたものだった。
ゆえに、零はまだ野球特有の項目に関しては未熟さが残る。頑張って勉強してはいるが、始めたのが受験後だからである。
一方で心拍や発汗データ・睡眠レベルの読み取りに関しては高レベルでできる。
同時に、野球部独特の事務的なものにも疎い。
これに関しては入学まで後回しにしており、中学までどこかのマネージャーをしていたということもなかったため、歴1ヶ月の素人状態であった。
「なるほど、よく分かりました。ありがとうございます監督」
しかし零は少々完璧主義のきらいはあるが真面目である。
熱心で他人に教えを乞うことも厭わない。マネージャー歴がなくとも、少しすれば問題は解決すると思われた。
「これは暁くんのドリンク、これは田代くんの、これは根付くんので……」
合間に零はドリンクのカップに名前のシールを張っていく。
「なあ海咲、一括でいいんじゃないか?」
「なに言っているんですか監督。発汗量に合わせて調節しないと。ドリンクは体調に合わせて個別に作るものです。
根付くんはレモンがあまり好きじゃないと言っていたので、ライムを絞りましょうか」
少し、ちょっと、こだわりが強いところもあるが頼もしかった。
だが同時にここまで手を抜かないで倒れたりしないかと、少し気を配ろうと監督は考えつつ、意気があるのはいいことなので止めはしなかった。
練習試合が進む。この試合、先発は暁、次いで田代が継投する。その後は状況次第。
室井を温存した場合の想定も含んでいる。
「ふむ、4回まで暁は問題なく投げているように見えるな。安定感がやはりいい。長く投げさせたいが、いかんせん1年だからな。
海咲、数値はどうだ?」
「まだ持つとは思いますが、長くはどうでしょう?少し疲れが出ているようにも見えるので、そろそろパフォーマンスが低下してもおかしくないとは思います。
ただ、どの程度のパフォーマンスなら許容値なのかの定義が私には少し」
試合においてどれだけ能力値が下がれば交代させるべきなのか、という判断は経験則が大きい。
零にはその野球に対する経験が圧倒的に足りない。長年監督をやっている人間でも誤ることもあるのだから当然だ。
「故障の危険は?」
「今のところはないかと。ただ疲労状態で運動負荷をかけ続けると急激に高まりますので注視は続けます」
監督は顎に手を添え、ほんの少し考える。
「このイニングが終われば下げよう。今日はこの後も練習がある、無闇に負荷をかければいいってものでもない。
暁は4イニングの先発でも通用する、とりあえずそれが分かっただけで今は十分だ」
監督にとって暁は万が一でも壊したくない存在。壊したい選手などいるはずもないが、その中でも即戦力として通用する1年生の価値は高い。
「了承しました。ところで、4回までで2安打1四球0失点というのは、どれだけすごいのですか?」
野球基準が全く分かっていない零の様子に監督は一瞬瞑目し。
「全国でも打線が強いと評価される山梨学院相手だ。1年としては破格、学年を考慮せずとも担当イニングだけならエース級といえる」
その担当イニングが短いのがネックではあるが、1年生に無理をさせるのはよくないと監督は考える。
勝利至上主義ではあるが、そのために自校の選手を潰していいなどとは彼には全く思えないのだ。
「暁くん、すごかったんですね」
すごいというか、1年生基準でならもはや化け物クラスと呼ぶべきなのである。
田代もまた怪物ルーキーと呼ばれるのに相応しいのに、比較され後塵を拝しているのは悲しみがある。
根付も含め、今年の1年生はかなり突出した世代だと監督は認識していた。
この回の投球を終わらせ、暁が甘味と水分を求めてベンチに帰ってくる。
マウンド上の静かで冷たい雰囲気と、無邪気にドリンクを飲みクッキーをほおばる姿はどうにも同一人物に思えない。
「暁、次の回からは田代を出す。しっかりアイシングしておけ。
試合後は昼食を取った後、シチュエーション練習だからな」
「はーい。お昼は一軍デビュー祝いに田代のご飯を大盛りにしてくれるように頼もうかな」
すでに暁の思考はお昼ごはんへと移っている。
同期思いな部分はあるが、どこかその方向性がずれてもいた。
田代の投球は剛腕タイプということで大枠は室井のそれと似ている。
ストレート主体なのは変わらない。だが変化球の球種構成は少々違った。
室井が三振全振り構成ならば、田代は8割三振に振った上で、残り2割を当たっても飛びにくいよう保険を残したイメージといえばいいだろうか。
三振全振りの室井、欺瞞性全振りの暁、遅さ全振りの井上。
彼ら極端なスタイルとは異なる、主力をしっかり固めながらもバランスを求めるスタイル。
おそらく性格なのだろう。晶の協力を得て、制球力を取り戻そうと日々奮闘していることからも伺わせる。
上から鉈のように腕を振り下ろし、放たれるストレート。
室井ほど暁との球速の落差はない。それでも、実速度より速いと感じさせるバフ効果が乗る範囲の落差だ。
ゆえに、この中継ぎで結果を出せても田代単体の力ではない。
だが結果を出せるなら問題ないという割り切りもまた田代の中にはある。
(今の俺はまだこの程度だ。それでも夏までに積み上げていく。
チームのために、そして暁のライバルに相応しい男になるために、俺には今を重ねることしかできない)
自分の先を行く暁を意識しないわけがない。
だが田代はそれも自分を高める燃料にできる男だ。
秘める熱量を込めて、キャッチャーの構えるミットに投げ込んでいく。
「なかなか立ち上がりはいいな。海咲、田代の暖機は十分なんだな?」
「はい。田代くんのサブ担当としてこの1ヶ月しっかりデータを集めました。彼の基準値を満たしています。
田代くんが準備に要するのは平均12.7球です」
剛腕タイプは出力が大きい分、体の準備ができていない状態で全力投球すると故障率が跳ね上がる。
だからこそ、肉体管理の専門家を田代の担当マネージャーとして宛がった。
「中継ぎにしては準備に数がかかるほうか。だがその分、先発特性も期待できるかもしれないな。明日の練習試合では先発で出してみよう」
「監督監督、田代には今回何イニング投げさせるんですか?」
むしゃむしゃと糖分補給を終えた暁が口をはさんでくる。
さすがにまだ投げるのに「お昼のおかずは何が沢山食べたいか」を田代に聞いて集中を妨げないようにしようという程度の気遣いくらいはできるのだ。
その気遣いができるのなら、そもそもそんな気の抜ける内容を聞くなという話であるが。
「目安は3イニングだな。うちは投手運用がかなり特化している。1イニングで下げるプロのようなことをしたら柔軟性がなくなる。
最低2イニングは安定して繋げてほしい。3回以上のロングリリーフもできてくれるのなら理想だ」
1年生に課する役目にしては中々に期待が重い。
だがそれが夏頃にはできると監督は見込んでいるのだ。
普段も選手たちが帰った後、監督はしっかり二軍のデータにも目を通している。
その上で期待している。田代ならば、と。
「暁くん、ロングリリーフとは?」
「長い間投げる中継ぎ」
野球素人の零が単語への疑問を持ち、こっそり耳打ちしてきたのに対して暁が非常に端的に答える。
補足説明すらないのは、零が把握しておくべき情報は役割上それくらいで、いろいろ詰め込んでも混乱するだろうと思ったからだ。
別に説明が面倒くさかったわけではない。
田代が自分にとっての初回を終えて帰ってくる。
1安打1四球、制球は少し荒れ気味だが相手は田代へのデータのなさから対応がまだ後手。
それでも安打が出ているのは、室井対策の流用で向こう側が対抗しているからだ。
「お疲れ様です、ドリンクどうぞ」
「助かる」
田代がベンチに深く腰掛け、ちゅうちゅうとストローで啜っているさなか、仰いで風を送る零。
「梅本、どうだ田代の調子は?」
「球はかなり走っていますね。制球に関しては以降の配球でどうにか調整します。
田代には思いっきり投げることに集中させるつもりです。
田代、このままの調子で行こうな」
「はい、よろしくお願いします」
監督の質問に答える梅本と、背中を軽く叩かれて頷く田代。
静かではあるが内心ではめらめらと炎が燃えている。
結局、この試合で田代は1失点2四球を出したものの、それ以外はしっかりと抑える形となった。
特に、最後まで全く球威も球速も落ちなかったのが監督にとって評価が高いポイントである。
だがその試合を眺め、ぽつりと呟くものがいた。
「私の配球なら、あの失点はありませんでした」
ラベンダーの髪を指でくるりと巻き、彼女は不満そうに背中を向けて歩いていくのであった。




