第14話 楽団を名乗るなら、衣装を揃えろ
幾日もの街道行を経て、一行の前に現れたのは、巨大な城壁に穿たれた王都の正門だった。
指名手配中のノエラを連れての関所越えは緊張を伴うものだったが、貴族からの『招待状』の効力は絶大だった。検問の兵士は金色の蝋封を見るなり恭しく道を空け、一行はあっさりと王都内部への侵入を果たした。
城壁の向こうに広がっていたのは、活気に満ちた、巨大で精密に整備された都市だった。
澄んだ水が流れる魔力水路、大通りを照らす均等な間隔の魔力灯、荷車を引く魔力駆動の運搬車。それらすべてが、人々の『体内魔力』を動力源として動いている。空間の魔力を直接操る古代の手印魔法とは根本的に異なる、蓄えた魔力を燃料とする王都の生活設備。
魔力量の多寡が人間の価値を決めるという歪な社会構造が、この見事な都市機能の基盤となっているのだ。
「……マスター、周囲の魔力流動が非常に緻密です。大気中の未浄化魔力も、外の荒野に比べて極端に少なくなっています」
大盾を背負ったセナが、周囲の魔力波長を分析しながら報告した。
『当然じゃな。王都の地下には、魔力と聖歌を集中管理する巨大な装置……教会が管理する大聖炉がある。それが王都中の魔力を吸い上げ、循環させておるのじゃ』
怜司の肩の上で、エルネリアが忌々しそうに吐き捨てる。彼女が王都全域に仕掛けた第一封印曲《還天掌》は、その大聖炉で行われる、目前に迫った大祭の聖歌と共鳴することで起動する仕組みだ。
一行は王都の中心部に近い、招待主である有力貴族の館へと通された。
広い応接室で紅茶を出された後、貴族の使いの者がもったいぶった態度で切り出した。
「数日後、当家が主催する夜会において、貴方様方に『古代魔法の公開実験』を行っていただきたい。無論、報酬は弾みますし、王都滞在中の便宜も図りましょう」
要するに、巷で噂になっている奇妙な手印魔法の使い手と追放聖女のコンビを、夜会の『見世物』として披露し、自身の政治的影響力を誇示したいという腹積もりだった。
「……おい。いいように利用されているだけだぞ」
ザフィラが怜司の耳元で小声で警告する。
だが、怜司は紅茶のカップをテーブルに置き、あっさりと頷いた。
「構いません。手印魔法が見世物ではないと、ここで証明します」
見世物扱いされていることなど百も承知だ。だが、大聖炉へ近づくには、まず貴族や教会の重鎮たちへ自分たちの実力を直接見せ、無視できない存在になる必要があった。
*
その日の午後、怜司たちにあてがわれた広い客室に、数人の使用人たちが大量の衣装ラックを運び込んできた。
「夜会での公開実験に向けて、皆様の衣装をご用意いたしました。主人からは、どうか見栄えのする、素晴らしい舞台にしてほしいと仰せつかっております」
ラックには、色とりどりのドレスや煌びやかな装飾服がずらりと並んでいた。
だが、三人の反応は冷ややかなものだった。
「冗談じゃない。こんな裾の長いヒラヒラした布で、どうやってステップを踏むんだ。足捌きが命の戦奏士を馬鹿にしているのか」
ザフィラはふんだんにフリルがあしらわれた真紅のドレスを指先でつまみ、心底嫌そうに顔をしかめた。
「マスター。防御力および耐熱性を持たない布地による装甲の換装は、生存確率を低下させる不要な行為です」
セナに至っては、ドレスを一瞥しただけで無表情のまま即座に却下した。
ノエラは部屋の隅で、自分のダボついた藍黒の服の袖をぎゅっと握りしめ、申し訳なさそうに小さくなっていた。
「私に、こんな立派な服は似合いませんから……」
三者三様の拒絶。
使用人たちが困り果てる中、怜司は大きなため息をつき、ラックの前に立った。
「お前ら、わかってないな。これはただ着飾るためのものじゃない」
怜司は数ある衣装の中から、実用性と見栄えを兼ね備えたものを物色し始めた。
「あいつらは俺たちを、珍しい手品を見せる『便利な道具』か『見世物』くらいにしか思ってない。その舐めた認識を、視覚から叩き壊してやる必要があるんだ」
怜司はザフィラを振り返り、真っ直ぐに言った。
「俺たちは、一つの舞台に立つ『楽団』だ。誰の所有物でもない、対等な人間だとわからせるための揃いの衣装が必要なんだよ」
「……制服、だと?」
「ああ。戦奏士の誇りも、盾の役割も捨てなくていい。ただ、胸を張れる服を選べ」
その言葉に、ザフィラの黄金色の瞳が小さく揺れた。
彼女はもう一度ラックに向き直り、過剰な装飾のドレスを脇へ押しやった。そして選び出したのは、軍服の意匠を取り入れた、漆黒を基調とするスリットの深いドレスだった。
「……これなら、槍を振るう邪魔にはならない。足の動きも見える」
戦奏士としての戦闘能力を一切損なわず、かつ女性としての美しさと誇りを両立させた『戦える礼装』。試着室から出てきたザフィラは、少し照れくさそうに、だが堂々と胸を張っていた。
「悪くない」
怜司は短く頷き、次はセナの前に立った。
「衣服は不要です、マスター」
「お前もただの盾じゃないって示せ」
怜司は、彼女の強固な装甲の上からでも羽織れる、シックな純白の外套を肩にかけてやった。無機質な機械の身体に、一枚の布が加わるだけで、不思議と『近衛騎士』のような厳かな雰囲気が漂う。
「……物理防御力はゼロですが。マスターからの追加装甲として、一時的に装備を許可します」
セナは首を傾げながらも、そのケープを拒絶することはなかった。
そして。
使用人がノエラの前に差し出したのは、彼女の過去を知ってか知らずか、教会の聖女が着るような、金糸の刺繍が入った『純白のドレス』だった。
「こちらなど、お客様の清楚な雰囲気に大変お似合いかと……」
普段の自己評価の低いノエラであれば、「なんでもいいです」と流されるままにその白い服を受け取っていただろう。
だが、ノエラはその純白のドレスをじっと見つめ、それから静かに、しかし明確に首を横に振った。
「……ごめんなさい。それは、着られません」
「お気に召しませんでしたか?」
「私はもう、教会のための聖女じゃありませんから」
ノエラは使用人の手から離れ、自らの足でラックの前に立った。そして迷うことなく、夜の闇のような深い『藍黒』を基調とした、シンプルでシックなドレスを選び出した。
それは、教会の規則から外れ、自分が歌いたい場所で、歌いたい相手のために歌うことを選んだ彼女自身の、過去との決別の証だった。
試着を終えたノエラが戻ってくると、怜司は満足そうに口角を上げた。
「よく似合ってる。最高の歌衣装だ」
その率直な評価に、ノエラは恥ずかしそうに目を伏せ、藍黒のスカートの裾を少しだけ握りしめた。
『ええい、わらわを無視するな!』
最後に、ベッドの上で幼女姿のエルネリアがフォークを振り回して騒ぎ立てた。
『わらわこそがこの楽団の主役じゃ! 魔王にふさわしい、真紅の女王服を持て!』
しかし、十歳程度の幼女の体格に合う女王のドレスなど用意されているはずもない。
結局、使用人たちが持ってきた中で一番サイズが合ったのは、フリルとリボンがふんだんにあしらわれた、可愛らしい子供用の深紅のワンピースだった。
『……屈辱じゃ。忌々しい封印のせいで、こんな小娘の服を着せられるとは……』
鏡の前で不機嫌そうに頬を膨らませる幼女魔王に、ザフィラが吹き出し、ノエラが微かに笑う。
怜司自身も、指揮者を思わせるような仕立ての良い黒の礼服に袖を通していた。手首の動きを阻害しないよう、袖口が細かく調整されている。
四人と幼女一人が、広い客室に並び立った。
そこには、魔力ゼロの荷物持ち、負けず嫌いの戦奏士、追放された聖女、美少女型ゴーレムという単なる寄せ集めではない、一つの明確な意志を持った『楽団』としての、確かな統一感と威風が存在していた。
「よし。衣装は揃った」
怜司は新しい礼服の襟元を正し、不敵に笑った。
「明後日の夜会、教会の連中や貴族どもの度肝を抜いてやるぞ」




