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8話 あなたの隣に立ちたい

「クラリスさん。そろそろ行きましょうか」

手を差し伸べて言う。

「……はい」

今度はまっすぐ手を取ってくれた。そのままゆっくり歩き出す。

何かを話すことはなかったけれど、ただ隣を歩くだけでも幸せだった。


「また会いに行きます。気を付けてくださいね」

「はい。今日はありがとうございました」


クラリスさんを乗せた馬車が走り出す。姿が見えなくなるまで見送って、それから屋敷へと戻る。


僕が十八歳なのも、侯爵家に生まれたことも変えられない。

だけど、僕がクラリスさんと一緒にいたいんだ。

だから受け入れてもらえるように精一杯努力する。

少しずつ彼女が心を開いてくれているのはわかる。だから僕も、彼女の隣に立てる人になりたい。




「おや、ノエル。おかえり。息抜きできたようだね」

「ただいま戻りました。今日はありがとうございます、アレクシス兄様」

「いいんだよ。ずいぶんいい顔になったじゃないか」

「えっ」

屋敷を出る前後で表情を変えたつもりはなかった。そんなに緩んでいただろうか。

「遊びに出かけた筈なのに、しっかりして帰ってくるとはね」

何も知らないはずなのに、兄上には全部見透かされている気がする。




それから侯爵家の仕事が落ち着いて、またベルモント領へ尋ねていく日常が戻ってきた。


「クラリスさん!今日の依頼は薬草採取と森の魔物の痕跡調査でしたね」

ベルモント家の屋敷へ向かう途中クラリスさんがちょうど歩いてくる。駆け寄って挨拶もそこそこに話し始めてしまう。

「ノエル様。なぜ知っているんですか?」

「先ほどギルド職員の方にお会いしまして。受注済みにしておくから行ってきて、とのことです」

「もう、ノエル様はお客様なのに」

領民の皆さんをはじめ、ギルドの方々にもすっかり僕に伝えればクラリスさんまで届くと認識してもらっている。なんだか男爵領の一員になったようだ。

「いいんですよ。僕お役に立てて嬉しいですから。さあ行きましょう」

王都で並んで歩いて依頼、手が触れ合うほどの距離に立つことはもうなかった。

それでも同じ時間を一緒に過ごしているのは何よりの喜びだ。

「そうね。行きましょう」


それから依頼の際魔物が出ると、僕が剣を振ることを時々許してくれるようになった。剣さばきを見て指導してくれるのだ。

剣を構えれば力の抜き方や視線を、実際に魔物と対峙すれば「もう一歩踏み込んでから剣を振って」、「複数相手なら叩く順を見極めてから相手との距離を詰めて」と的確に指示される。

「本当は私の立場でしていいようなことではないけれど」

そう言っているが憧れのその人に剣を指導してもらえる、そんなまたとない機会に僕は舞い上がっている。

「クラリスさんの剣を見ているだけでも勉強になるんです!ご指導までしていただけるなんて光栄です!」

僕の喜びが伝わっているのだろう。あまりにはしゃぎすぎたのかクラリスさんは「そんなに喜んでくれるならよかったわ」と笑ってくれている。

その表情にまた胸がいっぱいになって幸せな気持ちになる。




ベルモント領内を歩いている時は領民たちに声をかけられることが多々ある。

「あらクラリスちゃん。おかえりなさい」、「また魔物の討伐してくれたんだってね。ありがとう」と次々に言う。

「みんなが安全に暮らしてくれることが何よりだから」

クラリスさんは本当にそれが当然だと思っているようで声に迷いが一切ない。その返事を聞いた一人がさらに言葉を続ける。

「それに頼りになるナイトも一緒だと私たちも安心よ。ノエルくん、クラリスちゃんをよろしくね」

僕にも声をかけられる。そのつもりだった僕は「もちろんです!」とクラリスさん以上に迷いなく答える。しかし当のクラリスさんは焦った声で遮っていた。

「ノエル様はアルヴェイン侯爵家の方だから……」

「そのノエルくんは嬉しそうにしてるわよ」

クラリスさんの焦った様子を気に留めることもなく領民たちが話ている。もう何度も見た光景だ。


「ごめんなさい。彼らに悪気はないんです。ただ私のことを気にかけてくれているだけで……」

クラリスさんは彼らを代表して僕に頭を下げようとするから静かに制する。それから笑って彼女を見て続ける。

「ベルモント領の人たちってみんな明るくていい人たちですよね」

「え、ええ。それはそうなんですけど、ノエル様に失礼なことを言うから……」

「嬉しかったですよ、僕。クラリスさんの隣に立って、あなたを守ってほしいって頼まれるの」

心からの言葉だ。ここの人たちの生活に溶け込んで、僕のことを当たり前に受け入れてくれる。急に領主の家族に付き纏い始めたこんな怪しいやつ、警戒され続けていたって仕方ないのに。

「ノエル様……」

クラリスさんは迷っているようだ。視線を落としてそれ以上言葉が続かない。でも僕は迷わないと決めたからきっぱり告げる。


「僕、あなたの隣に立ちたいです。誰よりも近くで。そのために頑張ります」



本日もお読みいただきありがとうございました。

よろしければ感想等いただけると励みになります。

明日も20:00更新です。よろしくお願いします。


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