7話 剣を握った理由
「これから時間はありますか?よかったら王都をご案内させていただきたいんです」
クラリスさんとの距離がいつもより近くて、なんだか緊張してしまう。
「ええ、少しだけなら。用事は済んでいますし、乗り合い馬車が夕方なので」
「乗り合い馬車……そうだったんですね。僕がベルモント領まで送っていけたらよかったんですが、明日も朝から用事があるんです」
「いいえ!馬車と、途中で宿もギルドで用意しています。信用できるところですから、心配ありません。お気遣いありがとうございます」
クラリスさんの歩幅に合わせてゆっくり歩きながら話す。僕が送っていけるのが一番いいが、ここで無理に申し出ても困らせてしまうだけなのはもうわかっている。それに明日の朝にはまた仕事があるのに、ベルモント領まで行ってしまったら間に合わなくなってしまう。
今日はエスコートさせてもらえて、隣を歩けるだけで嬉しい。
「……あの、ノエル様」
「どうしましたか?」
少し頬を赤くしたクラリスさんが僕を呼ぶ。でもなかなか続く言葉が出てこない。それでも呼びかけられたのだから急かさずに黙ったまま待つ。
「あの、ノエル様に王都で会えて……一緒に歩いてもらえてよかったです。あまり王都まで来ることがないので、少し心細かったんです」
「え……」
思ってもみない言葉に咄嗟に返事ができない。
「慣れない王都で、このあとどうしようかと思っていたんです。……ノエル様の声がした時なんだかほっとしてしまって」
まさか僕がいることで安心してもらえるなんて。
「そう思っていただけたなら光栄です」
王都の中にある景観のよい広場へ案内している途中、僕が通っていた王立魔法学院の前を通りかかる。
「クラリスさんと出会った時、僕ここの学生だったんです。まだ十二歳で、魔法の修行だって森に入って、それで貴女に助けてもらいました」
「そうなの。魔法学院の卒業生……たくさん努力してきたのね」
「僕なんてまだまだですよ。まだまだ兄たちには敵いませんから」
クラリスさんは立ち止まって学院を見上げた。どんなことを考えているのかはわからないが優しい表情をしている。
「ノエル?ノエルじゃないか!卒業式典以来だな」
学院の前でかつての同級生が偶然通りかかって声をかけてくる。
「ああ、久しぶり。今は魔法研究室の所属だっけ?」
「そうそう。お使い中。ノエルもこっち来たらよかったのに。才能あるのに急に剣なんて始めて驚いたぜ?結局騎士にはならないし」
僕の横にいるクラリスさんのことは目に入っていないのか怒涛の勢いで話していく。
「やっぱ騎士のお兄さんの影響だったけど、騎士団に家からニ人も出せなかったとかそういう感じ?まあノエルにも色々あるよな!あ、急いで戻れって言われてたんだった。それじゃ!」
「ああ、また。気をつけて!」
嵐のように過ぎ去った同級生の背中に挨拶とも言えない声をかけ隣にいるクラリスさんを見る。
「すみません。あの、彼はクラリスさんのこと無視してたわけじゃないと思います。本当に気がついてないだけで、……すみません」
「ふふ。大丈夫。賑やかなお友だちがいたのね」
僕が謝ることしかできずにいても、とんだ非礼を働いたのに笑って許してくれるクラリスさん。
「魔法師を目指していたのに、剣を学び始めたの?」
「えっと、そうですね。はい」
この場であなたに憧れて剣を学びました、とはなんだか言いづらい。
「……さっきの彼が言っていたように、お兄さんの影響?」
「……憧れの人を、追いかけたくて。その人を目指して、ですかね」
答えを言っているようなものだが、断言してしまうのは避けたい。クラリスさんの影響はもちろん大きいけれど、魔法師の道に進まなかったことは僕の意思だ。何か責任を感じてほしくはない。
「そう。きっと素敵な人に出会えたのね」
クラリスさんは少し考えて、結局それ以上は何も言わなかった。
学院をあとにして広場へと向かう。
広場は王都の中でも高い位置にあり、城下街が一望できる人気のエリアだ。その中でも比較的人が少なくて落ち着ける場所へと案内する。ちょうどベンチも空いていた。
「ここ僕のお気に入りの場所なんです。学生の頃もよく来ていました」
「素敵な場所ね。なんだから落ち着くわ」
ベンチに二人並んで腰掛ける。城下を見渡しているとクラリスさんが口を開く。
「六年前のあの日、十二歳だったって言ってたね」
「はい。今僕は十八になりました」
急に年齢の話なんて、どうしたんだろう?
「……十八歳か。私があの日、あなたを助けた時と同じ年齢だわ」
「そうでしたか!」
そしたらクラリスさんは今二十四歳だ。今まで年齢なんて気にしたことがなかったけど、知ることができたのは嬉しい。
でも、クラリスさんが言いたいのはそんなことではないようだ。
「ノエル様はまだ十八歳。これからいくらでも素敵な出会いがたくさんあるわ。それに……」
真剣な声できっぱり言ってから少し言い淀む。
「それに……アルヴェイン侯爵家のご子息だもの」
「そんなこと関係ありません!僕はあなただから、素敵な人だなって思っているし、会いたいと思っているんです」
僕の本心はきちんと伝えたい。年齢とか身分なんて関係なく、僕はクラリスさんだから会いたいし話したい。僕のことを見てほしいし笑ってほしいとも思っている。
「わかってます。ノエル様が立場なんて気にせずあの日のことに恩義を感じて会いにきてくれたことも、こうして親切に接してくださっていることも」
「だったら……」
そんなこと言わないで、そう続けようとしてクラリスさんが遮る。
「でも、やっぱり私とは住んでいる世界が違うと、そう思います」
「違いません!僕もクラリスさんもこの世界に生きてるただ一人の人間です。それにクラリスさんは尊敬できる方です。立場とか身分とか、そんなことは関係ないんです」
もう会えない、そう言われてしまったら嫌だから捲し立てるように続ける。
「クラリスさん。僕が会いに行くの、迷惑ですか?」
「………そういう、わけじゃ……」
「僕と一緒にいるのは辛いことですか?」
「そんなこと……でも……」
僕の問いにクラリスさんは答えられない。だったらいいんだ。今は拒まれないだけで充分。
「僕はクラリスさんに会いたいし、一緒にいたいです」
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