5話 憧れの姿
何度だって会いに行く、そう決心した僕はもう悩まない。
ユリウス兄様は「頑張れよ〜」と呑気に言ってくれたが、僕は本気だ。
クラリスさんに会うために自分のやるべきことは疎かにしない。会いに行くと決めた時に自身と約束したことだ。魔法と剣技の修行も、侯爵家の仕事もきちんとこなしている。
時間を見つけるたびにベルモント領へと通いつめる。初めの頃は警戒されていた領民たちからも、いつしか「坊ちゃんまた来たのかい?」「今日はクラリスちゃんいないわよ」「姉妹で出かけて行ったぞ」と気軽に声をかけてもらえるまでになった。
肝心のクラリスさんはというと、二度目の訪問ではかなり驚かれたが、会いに来たことを拒否はされなかった。
それから宝石がダメなら、と花束や髪飾り、香水などを用意してみるが「六年前のお礼ならば受け取れません」と繰り返されてしまう。
どうやら本当に贈り物は受け取ってもらえそうにない、ということを理解した僕はお茶に招かれた時用にお菓子を持参することにした。
これも初めは遠慮されていたが、ある時同席したクラリスさんの妹、リリアさんが「一緒に食べるお菓子くらいいいじゃない」と言ってくれたことで、頑なだったクラリスさんもようやくこれだけは受け入れてくれるようになった。
もはや日常の一部になったベルモント領へやってくる。するとすぐに領民の一人が僕に気が付き声をかけてくれる。
「坊ちゃんもよく来るねぇ。クラリスちゃんならギルドへ向かったよ。今日は討伐依頼を受けているようだったけど」
「そうでしたか!ありがとうございます」
お礼を言って屋敷へと足を向けていたのを方向転換。僕も剣を持って急いで冒険者ギルドへ向かう。
到着した時ちょうどクラリスさんが建物から出てきたところだった。いつものワンピース姿ではなく動きやすいパンツスタイルに腰には剣を差しているのを見て、討伐依頼という話が事実だったと確信する。
「クラリスさん!こんにちは。僕もぜひ同行させてください」
「あら、ノエル様。今日は魔物討伐なんです。危険ですから屋敷で待っていてください。リリアがいますから」
「危険な依頼ならなおさらです。僕は回復魔法が使えますからお役に立てるはずです」
「危ないから待っていてほしい」と主張するクラリスさんと「危険だからこそ同行したい」と主張する僕。最後はクラリスさんが「本当に危ない時はすぐに逃げると約束してください」と折れてくれた。
町から少し離れた森へと一緒に入っていく。
「今日の討伐依頼ってどんな魔物ですか?」
「森に住む棘牙狼が増えてきているから、生活圏まで出てくる個体は領民の安全のために討伐するんです」
棘牙狼……その名の通り、棘のような体毛と鋭い牙を持つ魔物だ。
「わかりました。僕も戦いますからね!」
「だめです。もし私が怪我をしたら回復魔法をお願いします。前に出るのは私だけ」
そう言ってスラリと腰の剣を抜いた。慌ててクラリスさんの鋭い視線を追うと変わらない森の景色。
「ここにいて」
小さく僕に告げるとクラリスさんは大きく一歩前へ出る。次の瞬間茂みから一匹棘牙狼が飛び出す。
「クラリスさん!」
鋭い爪がクラリスさんへ迫ったと思ったのに僕の目に映ったのは、あの日と同じ一筋の青い光だった。
一匹倒すと魔力に誘われたのか、森の奥から次々と魔物が湧いて出てくる。クラリスさんがしなやかで美しい剣を振うたび、剣筋は青い軌跡となって魔物たちを切り伏せていく。
僕が出る幕もない。クラリスさんの生み出す青い軌跡は乱れることなくあたりの魔物を一掃し終えた。
「すごい……」
僕は気の利いた言葉も出てこなくて、ただ一言そう呟いただけだった。それなのにクラリスさんは優しく笑ってくれる。
「ありがとう。これで領民たちも安心してこの森に入れるわ」
優しい眼差しの先にはきっとベルモント領のあたたかい人々がいるのだろう。どこまでも人のために強くあろうとするクラリスさんはとても美しい人だった。
「帰りましょうか」
クラリスさんは森を後にしようとした時、ぴたりと動きを止める。
「そんな……こんな森の入り口まで……」
「クラリスさん?」
ただならぬ緊張感が走りクラリスさんは再び剣を抜く。
「下がっていて!」
クラリスさんは素早く身体を反転させ森の奥へ踏み込む。その時バキッといとも簡単に一本の木が折られ、魔物が低い唸り声を上げた。
「角熊!?クラリスさん、一人じゃ危険すぎます!!」
地面が抉られ木々が薙ぎ倒されていく。
慌てて僕も剣を抜くがクラリスさんは「ダメ!」と振り返ることもなく叫ぶ。
角熊が鋭い角をクラリスさんへ突き立てようと突進していく。それをふわりとクラリスさんは左へと避けそのまま剣を振り下ろす。
その時見た青い光は、六年前僕が絶望の淵で見た時と同じくらい強く輝いて見えた。
気付けば角熊は地に伏せ、クラリスさんは隣へ戻ってくる。
「大丈夫だった?怪我はしていない?」
「なにも、僕は大丈夫です。クラリスさんこそ……」
「よかった」
本当に僕は何もしていない。ただクラリスさんの戦う姿を見ていただけ。それなのに僕の心配をしてくれるなんて。
六年前のあの日も僕を心配してくれた姿と重なる。強く優しい姿はあの頃と何も変わっていない。
「あ、腕のところ」
「……え?あら、本当だわ。さっき避けきれなかったのね」
左腕の袖のところが切り裂かれている。そこへ僅かに血が滲んでいた。
「これくらい大丈夫よ」
クラリスさんはそう言うが、その言葉は無視をしてそっと傷口に手をかざす。
痛くないように、綺麗に治るように、心から念じて魔力を流していく。
「ありがとう。優しいのね」
「優しいのはクラリスさんですよ」
綺麗に塞がった傷口を見て僕は安堵の息を吐き出す。あんなに強く恐ろしい魔物相手に人のために臆さず立ち向かえるなんて、本当に優しい人だ。
なのにクラリスさんは僕が優しいと言う。
「だって流れ込んできた魔力が、とても温かくて優しかったもの」
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