4話 想いは届かなくても
クラリスさんに六年前のことを思い出してもらえて、たまらなく嬉しくて自然と口角が上がってしまう。
「大きくなっていたから、全然気が付かなかったわ」
クラリスさんも六年前の話をして気が緩んだのか口調が当時のままになっていた。憧れのお姉さんに敬語を使われるというのは、なんだか居心地が悪かったのでぜひこのまま話していてほしい。
「六年経ちましたから」
「……そうね。あの時の男の子にまた会えるなんて、思ってもなかった。元気そうでよかった」
緊張がほぐれたのか表情も和らいでいる。こんな風に話せる日がくるなんて思ってもいなかった。
「改めて、あの時は助けていただいてありがとうございました。お礼の品を受け取ってください」
持ってきた品をテーブルに並べる。何が喜んでもらえるかわからなかった上、昨日の今日で選択肢もあまりなかった。急いで王都の宝飾店で見繕ってきた宝石たちだ。
きっと喜んでもらえると思っていたがクラリスさんの表情はみるみる曇っていった。
「ごめんなさい、これは受け取れないわ。見返りを求めて助けたわけではないもの」
きっぱりと告げる言葉はどこか冷たい。
「え……」
予想外の言葉になんて返事をしたら良いのかわからず、凍りついたように何も言葉が出てこない。
「ノエル様。私はあの日あなたを救えたことを誇りに思っています。でも、それは何か見返りを求めてのことではありません。人として当たり前の、未来ある少年の命を救うことができたからです」
そう言うクラリスさんはまっすぐ僕の瞳を見ていて、強い矜持を感じさせた。
「あの……すみませんでした。クラリスさんの気持ちを全然考えられていなくって」
「いえ、ノエル様。お気持ちだけいただきます。ただ本当にあの時のことは、お礼をいただくようなことではありませんので」
気づけばクラリスさんの口調がまた丁寧なものに。僕自身ではなく、僕の侯爵家の人間としての対応になってしまっている。それが贈り物を断られたこと以上にショックだった。
結局そこから和やかに話す雰囲気にならず、淹れてもらった紅茶を飲みながら少し世間話をしたが、何をどう話したのかも覚えていない。
僕は促されるまま男爵邸を後にする。最後にクラリスさんは少し困ったような表情で「六年前のことを今でも覚えてくれていて、会いにきてくれたことは嬉しかった」と言ってくれた。
その言葉に安堵するものの、アルヴェイン領の侯爵邸に戻るまでの数時間、気分が晴れることはなかった。
侯爵邸に帰ると珍しく王都の騎士団に所属している次兄が帰ってきていた。
「ノエル!お前もこっちに戻ってきたんだな。こんな時間だからてっきり王都にいるんだとばかり思っていたよ」
「ユリウス兄様こそこちらに戻っているなんて、どうしたんですか?」
久しぶりに会う兄様だったけれど、先ほどのクラリスさんのことが頭から離れなくておざなりな返事になってしまう。
「どうした?昨日の舞踏会であのノエルが自分からダンスに誘った女性がいるって、俺のところまで話が届いていたぞ?まさかもうフラれたか?」
「違います!そんなこと……そんなことじゃありません」
まさか昨日の話が兄様にまで伝わっていたとは思いもしなかった。でも、知っているなら話は早い。
「僕の憧れの人にようやく会うことができたんです」
六年前の出会いはその日のうちに家族に話している。あまりに僕が繰り返し話すから、兄様だってもちろん知っていることだ。
「あの命の恩人か!それで?あんなに会いたがっていたのになんで落ち込んでるんだ」
兄様の疑問はもっともだ。でも僕だってどうしてこんなことになってしまったのか知りたい。
ベルモント領へクラリスさんを訪ねて行ったことを話すと兄様は「それで?」と続きを促してくる。
「ですから、ようやく会えたのにお礼を断られてしまったんです」
「うん。だからどうしてそれで落ち込むんだ?」
「ですから……」
もう一度説明しようとすると兄様は呆れたように首を振る。
「贈り物が、断られただけだろう?ノエル自身を拒否されたわけでもない。それでウジウジしている方が失礼だ」
「!!」
その言葉にハッとする。そうだ。クラリスさんには贈り物こそ断られたが、僕が会いに来たことを迷惑だなんて言っていなかった。
僕の表情が変わったことに兄様は気が付いたのだろう。ニヤッと笑って言う。
「それで?憧れのお姉さんに会えたノエルはどうするんだ?」
「もちろん何度だって会いに行きます!」
明日も20:00投稿です。よろしくお願いします。




