3話 会いに来た理由
「……六年前の、お礼?」
クラリスさんがきょとん、と首を傾げると僕たちのやりとりをじっと見ていた周りの人々にもざわめきがまた広がっていく。
集まってきた人々を見まわし、クラリスさんは「ここでは落ち着いて話せませんね。一旦屋敷へご案内します」と僕に言う。それから集まった領民たちには「私のお客様だから、心配いらないわ」と冷静に説明し騒ぎは無事収束していった。
立ち去る人々からは「クラリス様のお客様なんだってよ」「それなら安心だわ」と安堵の声が聞こえてきた。
凛として堂々とした姿は、六年前僕を助けてくれたあのお姉さんなんだと実感させられ嬉しくなる。
それと同時にこんな騒ぎを起こしてしまって不甲斐ない気持ちにもなった。
春の陽気な陽射しの下、ベルモント邸までクラリスさんと歩く。
六年前は目線の上で揺れていた髪の毛が目線の下にきていて、時間の経過を感じた。
でもあの時と同じようにただ揺れる髪の毛を見ながら、何も言えず足を動かしていた。
「こちらにどうぞ。今お茶を用意します」
結局黙ったまま屋敷に着くとそのまま応接室へ通される。クラリスさんは一度部屋を出て行き、少しすると紅茶の乗ったトレーを持ち戻ってきた。
「お待たせしました、ノエル様」
「急に押しかけて騒ぎになってしまってすみませんでした」
まず六年前のお礼よりも今の謝罪が先だ。穏やかなこの町には大事件だっただろう。
「大丈夫です。みんな驚いていただけ。きっと今ごろ馬車を見た人たち自慢してまわってます」
窓の外に目を向けてふんわり微笑むクラリスさん。その優しい眼差しにまた目を奪われていた。
「それで、六年前のことって……?」
「はい!今日はそのことで改めてお礼をしにきたんです」
僕は王都近くの森で小型の魔物相手に修行をしていたこと。
気が付いたら森の深くまで入り込んでしまっていたこと。
そこで大型の魔物に襲われたところを助けてもらったことを話した。
「王都の森で……」
クラリスさんは思い出そうとしてくれているのか少し首を傾けて考えるような仕草をする。
「はい。あの時はもうダメかと思っていたので、クラリスさんが通りがかってくれて本当に助かりました」
クラリスさんは覚えていないのだろう。それは今までの反応でわかっていた。クラリスさんにとっては数えきれない日常のひとつの出来事だったのかもしれないけど、僕にとってはその後の人生を揺るがすほどのことだった。だから知っていてほしい。
「六年も前なら私じゃなかった、ということはないですか?」
「いいえ!絶対クラリスさんでした。結い上げた黒髪も、アイスブルーの瞳も澄んだ声も全部僕は覚えてます」
思い出してもらえなくても仕方ない。でも別人だと思われるのは嫌だから僕は力説する。
「絶望の淵に立たされた時、青い光が線となって魔物を切り伏せてくれたんです!」
「青い光……」
「それで王都まで手を繋いで歩いてくれました。その時は名前を教えてもらえなかったけど」
難しい顔をして悩むクラリスさんにさらに続ける。また困らせてる自覚はあったけど、もう止まれない。
「でも昨日ひと目見てすぐにわかりました。あの時のお姉さんだって!」
「……あっ」
クラリスさんの表情が変わる。それで僕も期待を込めてじっと顔を見つめてしまう。
「あの時の……」
クラリスさんがじっと僕の顔を見つめる。
「金髪で、王立学校の制服を着ていた……あの時の男の子なのね?」
「はい!それが僕です!!」
思い出してもらえた!それだけで飛び跳ねるほど嬉しいのに、クラリスさんは僕をそのままじっと見ている。図らずも見つめ合う形になって、手のひらや耳がじんわり熱くなってくる。
クラリスさんはあの日と同じように微笑み少しだけ首を傾けた。
僕が心から安心したあの笑顔。もう一度見たいと願っていた表情に胸がいっぱいになる。
「大きくなったのね」
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