31話 守りたいもの
ベルモント領へ行く馬車はいつものように王都からなだらかな街道を進む。並木にはうっすらと雪が積もり、冬の厳しさが日に日に増していた。
「ノエルさんいらっしゃい。お姉ちゃん依頼で森に行ってるの。もうすぐ帰ってくるんじゃないかな」
ベルモントの屋敷に着くとリリアさんが温かい紅茶を淹れてくれる。
「ありがとうございます。今日は一段と冷えますね。雪が舞う日も出てきましたし、積もる日も近そうです」
「そうだね。もっと子どもの頃は雪遊びがすごく楽しかったけど、もう十六にもなっちゃうと、雪掻きとかそんなことが先に浮かんじゃう……」
「まだまだそんな言い方する年齢じゃないでしょう?」
背伸びして大人みたいなことを言って二人で笑う。この国の貴族ならば、十六歳という年齢は大きな節目だ。次のシーズンで社交界へと本格的にデビューする。
「春になったらリリアさんも社交界の仲間入りですね」
「ねー。お姉ちゃんがすごい心配しちゃってさ。ちゃんと王都に出たらお行儀良くするのに」
口ではそう言うリリアさんも口元は緩やかに上がり、優しい瞳をしている。
「クラリスさんも心配なんですよ」
「そんなこと言ったって、うちはデビューのお披露目だけ参加して、あとは領地にずっといるけどね。春は種まき苗植えもあって忙しんだから」
ベルモント領では領主も領民たちと一緒に働く土地だ。そんな光景が、当たり前のように目に浮かぶ。この土地らしいリリアさんの言葉だ。
「華やかな舞踏会ばかりがいいところなわけでもありませんから」
「キラキラした顔でノエルさんが言っても説得力ないね!」
「そうですか?」
「だって王子様みたいなのに。お姉ちゃん大好きすぎて、こんな田舎に馴染んじゃって、すごいよねぇ」
「えっ……」
話がまさかの方向に進んで言葉が詰まる。リリアさんは「何か間違えてます?」とでも言いたげな顔をこちらに向けていた。
「いや、まあ……そうなんですけど……」
しどろもどろしていたところへ、荒いノックが響く。
「ノエルくんはいるか!?クラリスちゃんが……!」
領民の一人が肩で息をしながら駆け込んでくる。
「クラリスさんがどうしたんですか!?どこですか!?」
依頼で出かけていた。まさか魔物に……?
嫌な予感がして領民へと迫る。
「怪我して……ギルドに、いるから……早く」
「わかりました」
すぐに外へ飛び出す。
「ノエルさん!」
「リリアさんは待っていてください!」
一秒すら惜しくて全速力で走ってギルドの扉に飛び込む。
「クラリスさんっ!」
すぐに入り口近くの椅子に座っているのが目に入る。よかった。意識はあるみたいだ。
「どうしたんですか?お怪我をしたと聞きました。大丈夫ですか?」
「ノエルさん?ええ、少し足を切ってしまって。……治療、お願いしてもいい?」
そう言うクラリスさんの右足のズボンは、大きく裂かれて血が滲んでいた。
「もちろんです。失礼しますね」
太もものところに大きな傷がある。歩けなくなるようなものではなかったが、とても痛々しい。痛くないように、祈るような気持ちで魔力を流し込んでいく。
「……上着も着ないで、急いでくれたのね。ありがとう」
「……クラリスさんが怪我したと聞いて、そんなこと考えてる余裕がありませんでした」
少しずつ傷が塞がっていく。魔力が淡く光り、青白く手元が照らされる。
「やっぱり、すごく優しい魔力ね」
「綺麗に塞がって、よかったです」
治療を終え立ち上がると、近くで見守っていた領民たちがわっと口々に賞賛する。
「さすがノエル君だ」「馬車が停まってるから屋敷にいると思ったんだよ」「先生に任せるんが一番安心だからな」
そんな声が耳に入って、耳に熱が集まってきた。
「クラリス様。今日もありがとうございました」
ギルド職員に依頼完了の報告をして建物を出る。来る時には気にならなかった、舞う雪や吹き荒ぶ風に身を縮めていると、クラリスさんが慌ててマフラーを外して僕の肩にかけてくれた。
「寒いのに、急いで来てくれてありがとう」
「いえ、知らせを聞いて考えるより先に動いていたので……」
とはいえ、結局気を遣わせることになってしまったのは良くなかった。
「ギルドにある薬草でも対応できたのに、ノエルさんの顔を見たら安心しちゃって……。呼びに行ってくれた人も、ノエルさんなら助けてくれるって信じてたのね」
体は冷え切るほど寒いのに、クラリスさんの言葉だけで不思議と温まるようだった。
それから数日。
ベルモント領へ続く街道には雪が積もるようになった。朝一番に扉の前の雪かきをし、外に出る際にはブーツを履くことが必須となる。
体の芯から冷えるような毎日で、男爵の体力が少しずつ奪われ始めていた。




