18話 星祭
約束の星祭の日。朝からソワソワしながらベルモント領へと向かう。
玄関先から出てきたクラリスさんは初めて見る白いワンピース姿だった。青いリボンの巻かれた同じく白の帽子をかぶり、黒い髪が肩にまっすぐ落ちてきている。
「………」
白いワンピースの胸元には、あのネックネスが陽の光を浴びて輝いている。いつも見る姿と違っていて、僕は言葉を失っていた。
「ノエルさん、今日はお姉ちゃんをよろしくお願いしますね!」
「……はい、もちろんです」
リリアさんに声をかけられて、馬車に乗るためクラリスさんの手を取る。馬車の扉が閉まるとリリアさんの「楽しんできてねー!」という明るい声が響いた。
馬車が走り出し、ガタゴトと揺れる音がいつも以上によく聞こえる。
「あの、今日のクラリスさんとっても素敵です。いつも素敵ですけど、あの……すごくかわいいです」
「……ありがとうございます。ノエル様も、いつも素敵ですよ」
「………」
「………」
それ以上言葉が出てこない。クラリスさんは少し俯いて、肩にかかった髪がサラサラと落ちる。
(…………っ)
細く白い肩が露わになり、慌てて窓の外を見る。そっと視線を戻すと揺れる髪が鎖骨にもかかっているのが見えて、次こそは窓の外の景色に集中することにした。
アルヴェイン領の街まで着き、馬車を降りる。祭りは始まっていて、街全体が賑やかな活気ある空気に包まれていた。
「すごい人ですね……」
「アルヴェイン領の中でも大きな街ですからね。星祭のためにたくさんの人が集まってきます」
クラリスさんは人の波に圧倒されているのか両手を胸の前で組んでキョロキョロとしている。
「……ノエル様のお屋敷もこの街にあるんですか?」
「いえ、僕の生家はこことは別の街です。もう少し王都の近くですね」
「そうでしたか……」
クラリスさんは何か考えているように見えたから「どうしました?」と聞いてみる。少しだけ困ったように笑って「いつも遠い道のりを会いにきてくれていたんですね」と静かに言った。
市場へ行こうにも広場へ歩き出そうにも、とにかく人が多くすぐにはぐれそうになる。貴族らしくエスコートしようにも横並びで歩くことすら難しい。
「クラリスさん、失礼します」
「えっ……」
さっと手を取り、そのままはぐれないように軽く握りしめる。
「こうしておけば、はぐれませんから」
「……はい」
思っていたより小さな手のひらは硬いまめや剣だこがある。たくさんのものを守ってきた手だった。
手を繋いだまま市場を歩き、屋台で買い物をして食べ歩きをする。
「僕食べながら歩く経験ってあんまりないんです。屋台のものってやたら串に刺さってるなって思ってたんですけど、片手で食べやすいんですね」
率直な感想を述べるとクラリスさんは「本当に、片手で食べられますね」と笑ってくれた。
はぐれないようにと伸ばした手は、そのままずっと繋がっていた。
日が傾き、祭りのメインイベントである泉へと歩いてきた。小さな明かりが灯されたランタンがひとつ、またひとつと泉へと浮かんでいく。
オレンジ色に染まった空が紺色へと変わる頃、泉には無数の灯りが浮かんでいた。
「きれい……」
クラリスさんはじっとその光景を見つめている。あたりは薄暗く視界は悪いのに、不思議と彼女の横顔だけはよく見えた。
そっと半歩近くに寄ると肩が触れ合う。少しだけクラリスさんの重みを肩で感じ、そのままじっと二人で寄り添う。
「きれいですね」
言葉ではそう呟くが、繋いだ手と触れ合う肩から伝わるぬくもりばかりが気になって、クラリスさんの横顔しか思い出せなかった。
月明かりが優しくあたりを照らす頃、ベルモント領へと帰ってくる。馬車から降りる時にはいつものように手を差し伸べる。
それから、いつもなら手を離して歩くけど、今日は繋いだ手を離せずそのまま歩き出す。僕は何も言えなかったけど、クラリスさんも何も言わなかった。
繋いだ手をほんの少しだけ握り返されたことが返事だったのだと思う。
馬車から屋敷までのわずかな時間。ふと空を見上げると満点の星空だった。
「……きれいですね。星祭で見たランタンより、ずっと星祭らしいです」
「……ええ。本当にきれい」
そのまま二人並んで手を繋いだまま空を見上げる。
どのくらいそうしていただろうか。僕たちを急かすように湿った風が強く吹き抜けた。
「………帰りましょうか」
「…………はい」
名残惜しくて言い出せなかった言葉をようやく絞り出すと、クラリスさんの返事はいつもより僅かに惜しむような声に聞こえた。




