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19話 優しさのかたち

 クラリスさんと別れ屋敷へと戻った僕は、自室のソファに沈み込む。

 繋いだ手の温もりや触れ合った肩の重みがいつまでも忘れられずにいた。



 数日間は領地での仕事が忙しかった。ユリウス兄様が馬に乗って屋敷までやってきて「成果を見てやる」なんて言い出した時は驚いたけど、僕の剣を誰よりも応援してくれる人だから素直に嬉しかった。

「いい剣筋になってきたな!」

「ありがとうございます」

 実践より優るものはないと、ひたすら打ち合って息も切れてきた頃に言う。

「なんだかあの人の剣を思い出したよ。強かったよなぁ」

 大剣に持ち替えてブンブン素振りをしながら兄様はそんなことを言う。

「……そうですか?」

「おう!あ、そうだった。父上っている?」

 どんなところが、と聞こうと思っていたのに兄様は急に話題を変えるから聞きそびれてしまう。

「父上は今は執務室にいらっしゃるかと」

「屋敷に帰ったらノエルがいたから、わざわざ来た目的忘れるところだったぜ」

 言いたいことだけ言って、さっさと父上のところへ向かう兄様。きっと話が終われば馬に乗って王都までとんぼ返りしていくんだろう。




 数日ぶりのベルモント領を歩いていると、マーケット帰りの領民たちが前から歩いてくる。そのうちの一人が僕に気がつくと「あっ!」と周りの人たちへ僕の存在を知らせる。

「ノエルくん!この前クラリスちゃんと出かけたでしょう?」

「そうそう、クラリスさん可愛かったわよねぇ?」

「いつもと雰囲気違った?」

 一気に僕の周りに人が集まって何やら質問攻めにあう。ひとつも返事ができていないのに、まるで僕の返事を知っているかのようにどんどん「ドキドキしちゃったわよね」「ワンピース私が用意したのよ」「ロマンチックねえ」と話はどんどん加速していく。

「あの」とか「いえ」と矢継ぎ早に語られる話を聞いて口を挟むのが精一杯だった。


「ノエルさまだ!」

 少し離れたところから小さな子どもが母親の手を振り解いて駆け寄ってくるのが見えた。駆け出した勢いのまま小さな石に足を取られ派手に転んでしまう。次に顔を上げた時には瞳に涙をいっぱい溜めて、今にも声を張り上げ泣き出してしまいそうだった。

 「大丈夫?」「痛かったわね」と近くにいる人が声をかけると我慢できなくなったのか大きな声で泣き出す。

「ちょっと失礼します」

 僕は急いでその子に駆け寄り擦りむいた膝に片手を添える。

「もう大丈夫だからね」

 そっと魔力を流し込むと傷は綺麗に塞がっていく。

「どうかな。もう痛くない?」

「……うん!ノエルさまありがとう!」

「どういたしまして」


 「すごいな」「優しいのよね」とまた周囲の人たちが話している中で母親も「ありがとうございました」とわざわざ僕のところへお礼を言いにきてくれる。

「いいえ。泣き止めて偉かったね」

 母親と手を繋いだ子どもの頭を一度だけ撫でて言った。


「ノエル様」

「クラリスさん」

 いつからいたのだろう。声をかけられるまで気が付かなかった。クラリスさんがこちらに向かって歩いてくると、自然と集まっていた領民たちは彼女に道を譲っている。

「あの、……ありがとう」

「そんな、お礼を言われるようなことでは……」

 今までどんな風に話していたかわからなくて言葉が続かない。クラリスさんも少し俯いたまま、耳が赤くなっているのがわかる。


「……あらぁ!ごはんの用意しなくちゃいけなかったわ!」

 一人がわざとらしいくらいの声で言うと「そうだったお洗濯物が」「畑の様子が」と集まっていた人たちがサッといなくなっていた。

 ジリジリと陽射しが容赦なく降り注ぐ。

「………暑いですね」

「………そうね。屋敷へどうぞ」




 屋敷へ入るとリリアさんが椅子に誰かと話をしていた。

「お姉ちゃんおかえり。あ、ノエルさん!ねえお父さん。ノエルさんだよ」

 相手はクラリスさんとのリリアさんのお父さんだった。僕は慌てて背筋を伸ばす。

「初めまして。ノエル・アルヴェインです。いつもクラリスさんとリリアさんにはお世話になっています。ご挨拶が遅くなってすみません」

 勢いよく頭を下げると「いいんだよ」と和やかで優しい声がする。

「ノエルくん、こちらこそありがとう。いつも二人から話を聞いていたんだ。私が寝込んでばかりだったからね。薬のことも、クラリスのことも本当に感謝しているんだ」

「そんなこと、気にしないでください。僕がしたかっただけなんです」

 ベルモント男爵は二人姉妹と同じように優しい笑みを浮かべていた。

「ほらノエルさんもお姉ちゃんも座って!今日はお父さん調子がいいみたい。応接室じゃなくて家のリビングだけど、ここでお喋りしようよ」


 初めて会うベルモント男爵はクラリスさんのように穏やかで、リリアさんのように朗らかな人だった。今まで勝手に領地へ押しかけたり、クラリスさんを連れ出したりしたことにも怒らず、ただただ僕の行いに感謝してくれる。

「薬を変えてから本当に調子がいいんだ。最近では外を出歩ける日もあるんだよ」

 そう語るが不意に咳き込むと、リリアさんがさっと水を手渡しクラリスさんは心配そうな表情をする。

「大丈夫だ。今日はノエルくんに会えてよかったよ」

 娘たちに心配をかけまいとする男爵の優しさが短い時間で僕にも伝わってきた。


 優しくて穏やかなベルモント男爵。この人がクラリスさんのお父さんなんだ。

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