14話 諦められない恋心
僕があまりに勢いよく返事をしたからか、クラリスさんは一瞬呆気にとられて、それからいつもの微笑みを見せてくれる。
「はい。ありがとうございます」
アルヴェイン邸でのクラリスさんとの時間は終わり、王都の薬屋へ寄ってからまた侯爵家の家紋入りの馬車に乗ってベルモント領へ帰る。
行きは緊張していたクラリスさんも薬が無事に手に入り、肩の力も抜けたのだろう。帰りの馬車では、行きよりもずっと自然に言葉を交わせた。
もしかしたら僕も、クラリスさんを家に連れていくことに緊張していたのかもしれない。
話は尽きないまま、気付けば窓から見える風景はすっかりベルモント領へ。見慣れたベルモント家の屋敷も目前だった。
クラリスさんを玄関先までエスコートをする。二日間ずっと一緒にいたのになんだか離れがたい。
「また来ます」
名残惜しさを振り切るように僕は一言だけ告げる。
クラリスさんは少し考えるように目をつぶって、小さく頷いてから口を開いた。
「……はい。お待ちしています」
その声が少しだけ嬉しそうに聞こえたのは、僕の願望だったのだろうか。
少しずつ新緑は色が深くなり、僕は変わらずベルモント領へと訪れる日常を過ごしている。今までと違うのは王都やアルヴェイン領のどちらから向かうとしても、まず薬屋に寄っていく習慣ができたことだ。
アルヴェイン領の薬屋へ朝から寄り、そのままベルモント領へ向かおうと歩く。馬車までの道を急いでいると、ふとひとつの露店が目に入った。
普段なら目の前を素通りしてしまうような小さな露店だった。急いでクラリスさんのところへ向かいたいのに、なぜだか足はそのまま吸い込まれるように店先へと進んでいく。
その露店ではガラス細工のアクセサリーが並んでいる。
「あ……」
その中にひときわ目を引くものがあった。クラリスさんの瞳と同じようなアイスブルーのガラス細工が先端に揺れるネックレス。六年前見た、僕の命を救った青い光にも見える。
思わず手を伸ばして近くで見ていると店主が僕の顔を見ていた。
「気に入ったか?光の当たり方次第ではお前さんの目の色に見えるな」
「僕の瞳……?」
僕の瞳の色はブルーグレーでクラリスさんほど澄んだ色ではない。でも店主は僕の色に見えると言う。
「これ、ください」
気付けばそう口にしていた。
「クラリスさん、こんにちは。今日の分の依頼はもう済んでしまいましたか?」
ベルモント領までやってくるとクラリスさんは紺のワンピースを着て庭先で花の世話をしているところだった。
「ノエル様、いらっしゃい。今日は午前中ですべて済んでしまったんです」
「そうでしたか。これ、先にお渡ししますね」
持ってきた薬を手渡すとクラリスさんは「いつもありがとう」と受け取ってくれる。そのまま「中へどうぞ」と案内してくれようとしたが、「あの」と引き留める。
「どうしました?」
クラリスさんは踏み出した足を揃えて振り返る。
「あの、よかったら今日は一緒に外を歩きませんか?」
「……外を?」
「えっと、今日はクラリスさんと歩きたいなって。依頼仕事で疲れていなければ、どうですか?」
無意識に内ポケットにしまったガラス細工をジャケットの上からそっと触っていた。心臓がバクバクと音を立てているのが手のひらに伝わってくる。
「ええ、もちろん。ノエル様こそ長時間の移動で疲れてませんか?よかったら私のおすすめの場所に案内させてください」
領民たちの暮らす町中を抜け、緩やかな坂道をクラリスさんと並んで歩いていく。だんだんと建物の数が減り自然豊かになっていく。
「ちょっと遠いの。ごめんなさい、たくさん歩かせて」
クラリスさんは穏やかに笑って続ける。
「……ぜひ見てほしいと思って。本当は侯爵家の方を案内するようなところではないけれど。…….でも、ノエル様には知ってほしいから」
穏やかに言ってはいるけど、何か決意したような響きもある声だった。どんなところか早く知りたくなるけど、きちんと彼女から聞きたいから何も聞かずに「それは楽しみです」とだけ答えた。
「ここです。この景色を見てほしくて」
坂道を登り切り案内された場所はベルモント領を見渡せる丘の上だった。小さく町や畑、小川や森が見えている。
「いい景色ですね。みんなが幸せに暮らしているのが伝わってきます」
「ええ。ここから見えているのは、私の守るべき場所です。ベルモント領の人たちが穏やかに、幸せに暮らせるように」
クラリスさんのまっすぐで強い瞳が眩しかった。それから振り返ると視線の先で野花たちが風に揺れる。
「誰かに育ててもらっているわけではないのに、綺麗に咲いてる花に励まされるんです。……だからここが、私のお気に入りの場所」
二人並んで言葉は交わさず、ただ目の前の景色を見ている。強く吹き抜ける風が野花や木々を揺らし、夏の香りを運んでいた。
彼女の言葉を聞いて僕も決心する。ひとつ呼吸をしてから視線を向けるとまっすぐ目が合った。
「クラリスさん。僕にも一緒に守らせてください。僕はあなたが好きなんです。どうか僕にあなたを支えさせてください」
正直に、飾らない言葉で伝える。クラリスさんと笑い合いたいし、辛い時は支えになりたい、一緒に隣を歩いていきたい。
クラリスさんは僕の言葉を聞いて言葉を失ったように固まる。でも、その次に口を開いたときには毅然とした声だった。
「できません。私とあなたでは立場も身分も違いすぎます」
答えはわかっていた。でも今日クラリスさんにこの景色を見せてもらって、どうしても伝えたくなったんだ。
「わかりました。……これだけ、受け取ってほしいです」
ポケットから青のガラス細工が揺れるネックレスを取り出して差し出す。
「青い….…?」
「ガラス細工なんです。偶然露店で見つけて、クラリスさんに似合うだろうなって思って」
差し出したネックレスはまだそのまま僕の手の中にある。彼女はまだ何も言わないまま、ただ僕の手の中にあるネックレスを見つめて少し俯いている。
「絶対似合うから付けてみてください。首元、失礼しますね」
少し強引だったかもしれないけど、クラリスさんの背中側に移動してネックレスのチェーンを首に回す。
クラリスさんはそれでもじっと動かないでくれているのは、受け取ってくれるということだろうか。震える指で留め具を付けて、もう一度彼女の正面へ。
「思った通り、すごく似合っています」
彼女の胸元で光を反射して輝く青は、六年前に見た光と同じだった。
「ノエル様……」
クラリスさんも震える手で胸元の飾りに触れる。でもそれ以上は何も言わなかった。だから僕もそれ以上は何も言わない。
「帰りましょうか」
ただ一言だけ。そして歩き出す。
坂道を登っていたときには聞こえなかった小川のせせらぎや小鳥のさえずりを聞きながら、来た道をクラリスさんと一緒に歩いていった。
クラリスさんの胸元には僕の贈った青い光が揺れて煌めいている。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
14話で1章完結となります。
ノエルとクラリスの恋はこの先どう動いていくのか……。ぜひ2章をお待ちください。
次回の更新は8月15日の20:00です。
2章からは毎週、水曜日と土曜日の20:00更新となります。




