13話 初めての表情
「え……」
驚いた表情をするクラリスさんにそれ以上は何も言わず「行きましょう」とだけ言って歩き出す。今日だけのことじゃない。僕はクラリスさんを守りたいんだ。
「おっ、きたな!今日はありがとな。さっそくだけどどの剣が普段使ってるのと似てる?刃を潰したやつ何本か用意したんだ」
ユリウス兄様はクラリスさんを見た瞬間もう並んだ剣を手に取り話している。
「ユリウス兄様、おはようございます」
「おう、おはよう。あとでノエルも稽古つけてやろうか?」
ガチャガチャと自分も剣を触りながらこちらを見もせず兄様は言う。
「クラリスさん、本当に無茶はしないでくださいね」
「大丈夫ですよ。私も剣を選んできますね」
クラリスさんはユリウス兄様の隣に並んで剣に手を伸ばす。一本ずつしっかり握って剣の重さや重心、刃の長さを確認しているようだ。
隣にいるユリウス兄様はそんなクラリスさんの様子を真剣に見ている。本気で勝負を楽しもうとしているのがその表情でよくわかった。
(ユリウス兄様がクラリスさんに怪我させるようなことをする人じゃないのはわかってる。クラリスさんだって強い人だ。打ち合いでどうこうなるわけじゃない)
でも、心配くらいさせてほしい。どんな理由であろうと、少しでもクラリスさんが辛い思いはしてほしくない。
半分祈るような気持ちでいると、どうやら剣を選び終えたようだった。
「おや、ちょうど始まるところだったかな?間に合ったようでよかった」
「アレクシス兄様!おはようございます」
「おはようございます。本日もお世話になります」
この兄がいてくれるなら安心感が増す。いざとなれば二人の打ち合いを止めてくれるだろう。そんな期待が胸に広がるのがわかった。僕に続いてクラリスさんも挨拶をしている。
そんな中ユリウス兄様だけは自分のペースを崩さない。
「兄上も見にきたのか?だったらあとで稽古つけてくれよ」
「私は遠慮しておくよ。しばらく剣は握っていないからね。いきなり動いたら怪我しそうだ」
「よく言うよな」
呆れたように言うユリウス兄様に今だけは同意できた。
「よし。それじゃ始めようぜ。お互い魔力の使用はなし、自己強化もなし……だと筋力差があるから身体強化だけはありにするか?」
「いえ、お互い一切の魔力の使用はしない、で大丈夫です」
「そうか。それじゃ剣一本で勝負だ。手加減はいらないぜ?」
「はい。よろしくお願いします」
クラリスさんとユリウス兄様が同時に構える。その瞬間二人の空気が変わった。
いつもの優しい穏やかなクラリスさんではなく、鋭い目で相手との間合いを計る剣士だった。
先に動いたのはユリウス兄様。たった一歩で一気に間合いを詰め斜め下から剣を振り上げる。クラリスさんは正面から受け止めることはせず、振り上げられた剣の勢いをいなすように自身の剣を滑らせる。そのまま次の瞬間には鋭く突くような動きへと転じる。
「やるなっ!」
ユリウス兄様は急な動きにも動じることなく剣を弾き返す。クラリスさんは弾かれた勢いをそのまま利用して距離を取った。
「あんた強いな!」
「そう言っていただけて光栄です!」
(あっ……)
クラリスさんの口角が僅かに上がっている。激しい攻防が続く中今まで見たことのない、穏やかな笑みとは違う楽しそうな表情をしていた。
「ユリウスと互角に打ち合うとは、本当に彼女は強いんだね」
「……はい。クラリスさんは強いんです」
鈍い金属音が中庭に響く。
だんだんと動きは激しさを増し、素早い剣筋は今の僕では追いきれなくなっていく。
ユリウス兄様が本気で楽しんでいることはよくわかる。それから、クラリスさんも立場とか身分を忘れてすごく楽しんでいるように見える。
(僕と二人の時には見せてくれなかった表情だ)
楽しそうなクラリスさんを見るのは嬉しいはずなのに、あの笑顔を引き出したのが僕じゃないことがすごく悔しかった。
激しい攻防が続く。クラリスさんが間合いを詰め、ユリウス兄様がかわす。さらに追撃、剣がぶつかる。
どちらが勝っても不思議ではない、互角の勝負。でも、決着の時はやってきた。
クラリスさんが剣を振ったのと同時にユリウス兄様も同様に剣を振り下ろす。一層鈍い音が響き渡ってクラリスさんの剣が弾き飛ばされた。
「クラリスさん!!」
僕は考えるより先に飛び出していた。
「クラリスさん、大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
「ええ、大丈夫。なんともないわ」
「本当に?どこか痛むところはありませんか?我慢してないですか?」
クラリスさんの体に剣が振り下ろされたわけではない。でも確認せずにはいられなかった。
「ノエル、兄様の心配はしてくれないわけ?」
「視界にも入ってないようだよ。ずいぶん本気だったじゃないか。楽しかったかい?」
兄たちの軽口が聞こえているがそれどころではない。クラリスさんがいつもの穏やかな表情でもう一度「なんともありませんよ」と笑ってくれて、ようやく安心できた。
「あんた本当に強いんだな。本気でいかなきゃ俺の方がやられてた。ありがとな」
「いえ、こちらこそ貴重な機会をいただいてありがとうございました」
先ほどまで打ち合っていた二人とは思えないくらい穏やかに話している。
「ノエルも打ち合ってくか?」
「……今日は、ちょっと……」
あんなにすごい試合を見たあとに、クラリスさんの前で剣を振る自信はなかった。
「そうか?どっちでもいいんだけどさ」
「今のノエルはそっとしておいてあげなさい。さて、クラリスさん。今日は弟のわがままにまで付き合ってもらって悪かったね」
「いえ、そんなこと。とても勉強になりました。こちらこそありがとうございました」
アレクシス兄様とクラリスさんの会話が聞こえているが口を挟む余裕がない。
「ノエルからも話はずいぶん聞いていたが、本当に素晴らしい方だ。これからもノエルをよろしく頼むよ」
「えっ、そんな。私こそいつも助けていただいているので、もったいないお言葉です」
クラリスさんは驚いたのか先ほどまであんなに堂々としていたのに、今は少し困っている。声を聞くだけでどんな表情をしているのかわかった。
「ノエルがベルモント領へお邪魔してばかりだろうけど、時間があればいつでも我が家へきなさい。歓迎するよ。きっとエレナもユリウスも喜ぶ。ああ、もちろんノエルもね」
「…….はい。はいっ!もちろんです。いつでもご案内しますからね!お迎えにあがりますし、もちろん帰りも送っていきますから!」
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