12話 家族の時間
クラリスさんを部屋に送ってから食事室に戻ってみるとまだ兄様たちはそのまま残っていた。
「クラリスさんのこと、きちんと送り届けたかい?」
「もちろんです。もうお部屋に入りましたよ」
「そうか。あとで侍女を送ろう。身支度は侍女に任せるものだからね。ノエルにはまだ手伝えないだろう?」
「なっ、なにを……」
ニヤリと意地悪く言うアレクシス兄様に何も言い返せず、唇が震えているのがわかる。
「おっと。からかいすぎたようだ」
もう終わり、とでも言うように両手を上げるポーズに結局何も言い返せなかった。
「兄上、あんまりノエルをからかうと怒られるぜ?なあ、エレナ義姉上」
ユリウス兄様が言えば微笑みを崩さないエレナさんが目に入る。
「悪かったよ。冗談はおいて、エレナ。侍女のことは任せていいかい?」
「わかりました。ノエルさんに意地悪しちゃだめですよ」
「おやおや、怒られてしまった」
エレナさんは侍女の手配に部屋を出ていく。それを待っていたかのように次はユリウス兄様が口を開く。
「なあ、ノエル。クラリスさんって強いんだろ?俺と手合わせしてもらえないかな」
「えっ、ユリウス兄様とですか?」
騎士団に所属するユリウス兄様は当たり前だが剣術に長けている。クラリスさんの強さはもちろん知っているが、それで彼女が万が一にでも怪我をしたらと思うと何も言えない。
「それは……僕から何か言うことではないですし」
勝手に返事はできない。それに手合わせする、しないも決めるのはクラリスさん本人だ。僕じゃない。
「いいんじゃないかい?ユリウスも今日は泊まっていくだろう?それならば明日の朝中庭を使うといい」
「よし!刃を潰した訓練用の剣もあるよな?」
「ちょっと待って、待ってください!クラリスさんだって疲れてるんですよ?それを僕たちで勝手に決めてしまっては……」
勝手に話が進んでいきそうなのを慌てて止める。兄様たちから言われたらきっとクラリスさんは断れない。きちんと彼女の本心は聞いてからにしないと。
「明日は朝からユリウスに付き合わせることになるから、クラリスさんには朝からドレスではなくいつもの動きやすい服装にしてもらおう」
「………あ」
「ユリウスが言い出して聞かないんだ。来てもらっておいて翌日に着飾らせないのも申し訳ないが、ユリウスがわがままを押し通すから仕方ない」
「兄上。俺のこと良いように使いすぎじゃない?ノエルにもエレナ義姉上にも怒られたくないんだけど」
ユリウス兄様はばつの悪そうな顔をして言うがアレクシス兄様は気にも留めない。
「お前は何も考えずに剣を合わせたいと願っていただけだろう?事実じゃないか」
そんな風に気遣っていることに気が付かなかった。クラリスさんは普段は着飾ったドレスは着ない人だから、きっとすごく疲れてしまっただろう。兄上はそんなところまで初対面なのに気付いて、クラリスさんが遠慮せずいつもの服装ができるようにしてくれようとしてる。
「……そうですね。でも無理はさせないでください」
それはわかったが、でもユリウス兄様との手合わせも危ないことは確かだ。
「わかってるって。俺だって女性相手にさすがに本気は出さないし、そんなことしたって知れたらソフィアにまで怒られるからな」
ソフィアさんはユリウス兄様の婚約者だ。どうやら兄様たちは伴侶に怒られるのを恐れてるようなので今後のためにも覚えておこう。
翌朝クラリスさんを部屋まで迎えにいくと、いつものように黒髪をひとつにまとめて動きやすいパンツスタイルで身を包んで出てきた。
「おはようございます。いつものクラリスさんですね!とても素敵ですよ」
「おはようございます、ノエル様。でも、本当にいいのかしら。ユリウス様と手合わせだなんて、不敬にならないですか?」
クラリスさんは心配そうにしている。だから僕は昨日の兄様の言葉をそのまま繰り返した。
「ユリウス兄様が、どうしてもって聞かないんです。ユリウス兄様が、わがままを押し通してるのでクラリスさんは気にしないでください」
意識せずとも力の入ってしまう部分があるのは仕方ない。
「むしろこちらこそ本当にすみません。無茶だけはしないでくださいね」
「本当よ。私がいない間になんて話を進めてるの」
いつもより幾分かシンプルなドレス姿のエレナさんがやってきた。
「クラリスさん、義弟がこんなことを言い出してごめんなさい。お付き合いいただいてありがとう」
「いえ、そんな!私にはとても貴重な機会です。騎士団の方と手合わせしていただけるなんて光栄ですから」
クラリスさんの言葉にエレナさんはホッとしたように続ける。
「あんまりにもユリウスさんがしつこいようだったら断っていいんだからね?そうそう、義弟が中庭で張り切ってるみたいだから行ってあげてもらえるかしら」
「はい、もちろんです」
クラリスさんがそう返事をするからそのままエスコートしようとすると、エレナさんが何か言いたそうにこちらを見ていた。たぶん、僕に用事がある。
「ちょっとだけ待っててください」
一言断ってエレナさんに近づくと静かに耳打ちされる。
「いいこと。ノエルさんがしっかり守るのよ。……それじゃあ頑張ってね」
最後の言葉はクラリスさん宛てだ。僕の返事は必要ないのかそれだけ言うと行ってしまう。
「あの、よろしかったんですか?」
クラリスさんはちらりとエレナさんの背中を見ている。
「クラリスさん」
「はい」
改めて呼べば、僕としっかり目を合わせてくれる。
「何があっても、僕があなたを守りますから」
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