11話 安心できる場所
侯爵家の馬車にクラリスさんと向かい合って座る。
今日の彼女は前に王都で来ていた時と同じ薄紫のドレスを着ている。あの時とは違って髪がきっちり結い上げられ、髪飾りもついている。薄く化粧もしているようだ。
「雰囲気がいつもと違いますね。お綺麗ですよ」
「こういうの、あまり慣れていなくて。リリアがやってくれたんです」
今さらながら、侯爵家に招くことが彼女にとって大きな負担になっていないか不安になった。
「緊張しないでくださいね。少なくても移動中は僕と二人です。いつものようにお喋りしましょう」
「はい。ありがとうございます」
少しだけ表情が和らいで窓の外に視線を向けるクラリスさん。どんなことを考えているかはわからないけれど、優しくて綺麗な横顔だった。
「クラリスさん。ようこそ、アルヴェイン家へ」
二人きりの穏やかな馬車旅が終わり、屋敷へ到着する。クラリスさんは緊張しているみたいだったから、少しだけおどけて言うと小さく笑ってくれる。
屋敷から使用人が出てきてクラリスさんの荷物を客室へ運んでいく。彼女はテキパキ動く使用人たちにどう接していいかわからず戸惑っているようだった。そっと手を取り「こちらへどうぞ」と屋敷の中へエスコートしていく。
玄関広間へアレクシス兄様とエレナさん、それにユリウス兄様までもが揃って出迎えてくれた。
「クラリスさん、遠いところからよく来てくれたね。私はアレクシス。こちらは妻のエレナだ」
「俺はユリウス。よろしくな」
「はいっ。クラリス・ベルモントです。この度はこのような機会を頂けて光栄でございます。田舎者ゆえ、粗相があるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします」
思いっきり緊張して声も表情も強張ったクラリスさんがぺこりと頭を下げる。
「そんなに畏まらないで、楽にしていてくれ。我が家は誰も気にしないから。さて、少し早いが夕食を用意したんだ。我が家の食事が口に合うといいが」
「ありがとうございます」
もう一度頭を下げたクラリスさんをそのまま食事室へとエスコートする。
先頭をアレクシス兄様がエレナさんをエスコートして歩いているとユリウス兄様が近くへ寄ってくる。
「そんな気負わず気楽にな。うちの食事うまいから緊張で味がわからないと勿体無いぞ」
コソコソ言いたいことだけ話してユリウス兄様はさっさと歩いていく。
「えっと……」
突然のことにクラリスさんは戸惑っていた。それはそうだ。
「大丈夫ですよクラリスさん。ユリウス兄様普段からあんな感じなんです。アレクシス兄様はちょっと堅い雰囲気があるので緊張するかもしれませんけど。ああ、ユリウス兄様はリリアさんみたいな感じの人なんで」
ユリウス兄様は貴族らしさがない、礼儀がない、軽すぎる、と昔からよく叱られていた。ふと先日のクラリスさんとリリアさんのやり取りを思い出して笑ってしまった。
夕食の場ではアレクシス兄様が中心となって話を進めてくれる。ベルモント領での生活のことや依頼について質問して、それにクラリスさんが答えたり、僕が話したりしている。
「危険な依頼も多いでしょう?怪我とかはしていないの?」
依頼の話で魔物の話題になるとエレナさんは心配そうに聞いている。
「最近はノエル様もいてくださるので、無茶することも減りました」
クラリスさんの答えを聞けば次はユリウス兄様も口を開く。
「一人でそれだけやるって強いんだな」
「そんな……騎士団に所属している方にはとても敵いません」
クラリスさんははじめはとても緊張していたようだけど、少しずつ表情が和らいでいた。
「ところで、ノエルはベルモント領ではいい子にしてるかい?」
「そんな僕が子どもみたいな聞き方しないでください」
アレクシス兄様は急に真面目な顔になったかと思ったらそんなことを言い出す。これではまるで僕が子守りをしてもらっているみたいな聞き方だ。
「ノエル様にはとても助けられています」
僕は拗ねたような声を出してしまったのに、穏やかに僕のことを話してくれるクラリスさんに感激してしまう。少しでも苦言を漏らされたらどうしようかと思ったのに。
「それならばよかった。ノエルがずいぶん君を気に入っているようだからね。付きまといすぎて迷惑だったらどうしたものかと思ったよ」
「だから兄様!僕だって子どもじゃないんです」
「どうかな、私にとってはいつまでも小さくてかわいいノエルだよ」
どうやら僕をからかう方向へシフトしたらしい。クラリスさんにかっこ悪いところを見られたくないからやめてほしいんだけどな。
すっかりデザートまで食べ終わって食後の紅茶を飲んでいると、にこにこと話を聞いていたエレナさんが口を開く。
「ノエルさん、本当に毎日楽しそうね。クラリスさんのおかげだわ。あんなにかわいい義弟だったけど、最近逞しくなったみたいで」
「そんな、私こそ賑やかで楽しいです。あの、それにノエル様には本当に感謝しているんです」
なんだか僕の話ばかりになっていて少し気恥ずかしい。でも僕のことを話すクラリスさんをこうして見ることができるのは嬉しい。
「さて、今日はありがとうクラリスさん。私が連れてきなさい、なんて言って遠いところをわざわざすまなかったね。お礼になるかはわからないが、ノエルから少しだけベルモント男爵の話を聞かせてもらったよ。薬師への紹介状を用意させてもらおう」
「あ、あの!本当にありがとうございます。なんと言っていいか……いくら感謝しても感謝しきれません」
クラリスさんが頭を下げてもアレクシス兄様は片手を軽く振っていた。
「ノエルが世話になっているからね。さあ、今日はもうゆっくり休んでくれ。ノエル、部屋まで案内してあげなさい」
「ほら、ノエルさん。いつまでもクラリスさんに頭を下げさせていないで」
「はいっ!もちろんです」
アレクシス兄様とエレナさんに言われて慌ててクラリスさんをエスコートする。
早くゆっくりさせてあげなさい、とつまり二人は言っているわけだった。
客室の前まで案内するとクラリスさんは改めて僕にも頭を下げる。
「ノエル様、このたびは本当にありがとうございました」
「いいんです。僕がしたかったことなので。こちらこそ無茶を言って遠いところをありがとうございました」
お互いに頭を下げあっているとなんだかおかしくなってしまう。
「もうやめましょう。明日さっそく薬屋へご案内しますね。それで、ベルモント領まで帰りましょう」
二人で笑い合ってそれからクラリスさんは扉へ手をかける。
「ノエル様。おやすみなさい」
「はい、クラリスさん。おやすみなさい。お疲れでしょうからゆっくりしてくださいね」
ノエルの兄たちとクラリスの初対面でした。
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