10話 侯爵家の三男
クラリスさんは驚いたのか目を丸くして僕を見つめている。
彼女を悲しませる原因を知ってしまった。だったらそれを放っておくことはできない。
「王都に病に効く薬がもっとたくさんあります。お父様の症状に合わせて調合してもらえるはずです。案内しますから一緒に行きましょう」
「……王都の薬がよく効くのは知っています。薬の効能がなくなってしまうから、一度に多くはもらえないんです。何度も取りに行く時間もなくて」
ベルモント領と王都では半日ほどの距離がある。何度も行き来するのはリリアさんやお父様を置いて行くことになってしまうからできないのだろう。
「一度調合してもらって成分表がわかれば、アルヴェイン領の薬屋でも同じものを調合できるはずです。それなら二時間ほどの距離ですから無理はないはずです」
その先は言っていいものか悩む。でもクラリスさんの表情が少し和らいだのを見て伝えることを決心する。
「僕がしょっちゅう会いにきてるんです。王都でもアルヴェイン領でも、どちらでも僕はベルモント領と行き来してますから」
にっこり笑って言えばクラリスさんも少し笑ってくれた。
「ふふ、そうかもしれませんね。でも我が家には王都の薬屋への紹介状がありませんから」
僕の言葉はそもそも薬を手に入れられないから、冗談だと思っているようだ。
「クラリスさん。僕が誰だかご存知ですか?」
「それは、ノエル様はノエル様……ですよね?」
「そうです。僕はノエル・アルヴェインです。これでも侯爵家の三男です。侯爵家ならば紹介状も用意できますし、薬屋への事情説明もできます。僕を頼ってくれませんか?」
本当は侯爵家の名前をこんな風に持ち出したくはなかった。でもクラリスさんが安心して笑えるならば、そんなことは小さな問題だ。
僕のプライドとか、そういう類いの。
クラリスさんの瞳は大きく開かれている。そして小さな声で言う。
「そんな、我が家の事情で……」
「いいんです。ね?行きましょう?」
クラリスさんは悩んでいる。本当にいいんだろうかと。優しくて責任感の強い人だから、このまま寄りかかることはできないのだろう。
「僕が最近クラリスさんの話ばかりするから、兄があなたにすごく会いたがっているんです。だから我が家に招待させていただきたくて。僕の事情で連れ回してしまうから、そのお礼にってことで」
「お兄様、ですか?」
突然の話にクラリスさんは首を傾げる。
「そうなんです。すみませんこんなこと突然。だから王都の我が家にぜひお越しください。お時間いただくことになりますし、紹介状はそのお礼ということでご用意します」
「……は、はい」
僕の勢いに負けたのかクラリスさんは頷いてくれる。
「ノエル様、ありがとうございます」
それから数日後。僕は初めてベルモント領を訪れた時以来、アルヴェイン侯爵家の家紋の入った馬車に乗って正式にベルモント家を訪問している。
新緑の香りがして、爽やかな風が吹き抜ける。
「クラリスさん。お迎えにあがりました」
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