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第②章:昼休みの仮面 (1)

 日々っていうのは、ほんと勝手に過ぎていく。

 桜の花びらが散る時みたいに、気づいた時にはもう次の景色になってる。

 それが三日連続で続くと、さすがに少し腹が立つ。


 四月十日、金曜日。

 高校生活が始まって、もう三日。

 なのに、何も起きていない。

 いや、正確には“起きてはいる”んだろうけど、俺が期待してるようなものは一つも起きていない。


 授業はある。

 掃除もある。

 昼休みもある。

 帰り道もある。

 それだけだ。


 毎日がちゃんと流れていくのは、普通の人間なら安心するところなんだろう。

 でも俺には、それが妙に苦しい。

 何も起きないと、世界が俺のことを忘れていく気がする。

 こっちはちゃんと待ってるのに、向こうが何も返してこない。

 そういう沈黙が、だんだんストレスになる。


 俺は別に、すぐに大事件が欲しいわけじゃない。

 いや、欲しい。

 かなり欲しい。

 でも、ただの事故とか、ただの試験とか、そういうのじゃ足りない。

 もっとこう、何かしら“始まる”感じが欲しい。

 秘密組織に誘われるとか。

 突然、俺だけが気づく異変があるとか。

 せめて、昨日までの世界と今日の世界で、ほんの少しでも線が引かれるような何かだ。


 そういうのがないまま日々だけが積み上がると、自分の方が薄れていく。

 そういう気分、年上の人間なら分かるのかもしれない。

 でも、少なくとも今の俺には、かなり切実な問題だ。


 そんなことを考えていたら、また横から声が飛んできた。


 「荷川取、これ見た?」


 振り向くと、秋山麗奈がいた。

 いるだけで少し疲れるタイプの人間って、本当にいるんだなと毎回思う。

 声が大きい。

 話題が広い。

 しかも、広いというより雑多だ。

 どこかで聞いた噂を、聞いたままの温度で放り投げてくる。

 そういう感じ。


 麗奈はクラスの中でも特に、話の中心に入りたがるタイプだった。

 誰かのことを知ってる、誰かがこう言ってた、誰それがこうだった。

 そういう“人の話”を食べて生きてるみたいな女だ。

 たぶん、本人はそんなつもりじゃないんだろうけど。


 「何」

 「え、なにって。昨日のやつだよ」

 「昨日のやつって何」

 「だから、あの件」


 あの件。

 その言い方だけで、もう面倒くさい。

 こういうのは大体、こっちが知らない前提で始まる。

 それでいて、知らないと“え、知らないの?”みたいな顔をしてくる。

 ほんと、やってられない。


 俺は適当に視線を外した。

 別に興味がないわけじゃない。

 いや、かなりない。

 でも、知らないまま聞いていると、あとで妙な空気になるのが分かっているから、いちおう聞くふりだけはする。


 その時、少し離れたところから、凛成と慧斗の声が聞こえた。

 たぶん、麗奈の話に返しているんだろう。

 俺の耳には、断片しか入ってこない。


 「だからそれは……」

 「いや、でもさ……」

 「ほんとに?」

 「そんなことないって」


 ……どうせ、くだらない話だ。

 クラスの誰かがどうとか、昼休みに誰がどこにいたとか、誰が何を言ったとか。

 そんなもの、俺にとってはほとんど意味がない。

 意味がないというより、今の俺の人生にとっては優先度が低い。

 いや、正確には“低い”じゃなくて“下の方に沈んでいる”。


 俺は机に肘をついたまま、昨日の夜に読んでいた漫画のことを思い出していた。

 クラスメイトたちが異世界に巻き込まれて、主人公が特別な力を得て、秘密の組織に拾われて、いきなり運命の中心みたいな扱いを受けるやつ。

 ありがちな話だ。

 でも、ありがちだからこそいい。

 分かりやすいし、始まり方が派手だし、何より“自分にも何かあるんじゃないか”って気分にさせてくれる。


 ……そういうのを、俺は待ってる。

 たぶん、ずっと。

 それなのに、何も起きない。

 起きる気配すら薄い。

 さすがに少し焦る。

 このまま何も始まらないまま高校生活が終わったらどうするんだ。

 普通に卒業して、普通に働いて、普通に歳を取って、気づいたら“普通に終わる”だけなのか。

 冗談じゃない。


 「ねえ、荷川取」


 また麗奈の声。

 うるさい。

 いや、うるさいというか、何度も呼ばれるのが面倒だ。

 俺が振り向くと、麗奈は少しだけ眉を上げていた。


 「何か意見ある?」


 ……意見。

 その単語を聞いた瞬間、少しだけ嫌な予感がした。

 俺はそういう時、だいたい話の流れを聞き逃してる。

 でも、聞いてなかったことを正直に言うのも、それはそれで面倒だ。

 だから、まずは曖昧に頷いた。


 「……ああ」

 「“ああ”じゃなくて」

 「え?」

 「今の話、どう思う?」


 どう思う?

 知るか。

 そもそも何の話だったっけ。

 こういうのが一番困る。

 人の会話って、どうしてこうも突然“同意”を求めてくるんだろう。

 こっちは別に、何かを誓ったわけでも、参加表明したわけでもないのに。


 「いや、そんなの俺に聞かれても」

 つい、少しだけきつい声が出た。

 「興味ないし」

 「え?」

 麗奈が一瞬固まる。


 その瞬間、凛成が横から小さく「おい」と言った。

 慧斗も少しだけ目を伏せた。

 ああ、まずい。

 空気がちょっとだけ変わった。

 でも、正直なところ、俺はこういう時に引くのも好きじゃない。

 何となく、負けた感じがするからだ。


 「だから、俺に振られても困るって」

 少しだけ言い方を丸めた。

 「そもそも、何の話かちゃんと聞いてないし」


 麗奈はむっとした顔をした。

 その顔を見ると、ああ、やっぱりそうなるか、としか思えない。

 面倒な話題を振ってくるくせに、面倒だと言われると機嫌を悪くする。

 そういうところが、ほんとに厄介だ。


 「じゃあ、ちゃんと聞いてよ」

 「聞くほどの話でもなさそうだった」

 「なにそれ」

 「そのままの意味」


 凛成が小さくため息をついた。

 「荷川取、お前さあ……」

 「何」

 「もうちょっと空気読めよ」

 「読んでる」

 「読んでないだろ」

 「読んでるって」


 読んでる。

 読んでるよ。

 少なくとも、俺なりには。

 ただ、俺の中で重要じゃないだけだ。

 それを“空気が読めない”って言われるのは少し癪だ。

 俺は何も壊そうとしてるわけじゃない。

 ただ、どうでもいいことに付き合うのが面倒なだけだ。


 麗奈はまだ少し不満そうだったけど、そこで話を切った。

 その代わり、今度はまた凛成と慧斗が適当にフォローみたいなことを始めた。

 あいつらもあいつらで、やっぱり面倒くさいことを避けている。

 でも、それが普通なんだろう。

 俺だけが少し変なのかもしれない。

 いや、変でいいけど。


 そういう小さなやり取りを挟んでいる間も、俺の頭の中は相変わらず落ち着かなかった。

 昨日の夜から続いている、あの妙な感覚だ。

 このまま何も起きないまま進むのか。

 それとも、今日こそ何かが起こるのか。

 待っているときほど長く感じるものはない。

 たった三日なのに、もう一週間くらい経った気がする。


 そして、ようやく凛成が別の話題を出した。


 「そういやさ、今度映画行かない?」


 その一言で、俺は少しだけ顔を上げた。

 映画。

 それなら、まだ少しだけ話を聞いてもいい。


 「映画?」

 「うん。近くのJMAX THEATER、なんか気になるやつやってるらしい」

 「何の」

 「さあ。ホラーかアクションか、そういうの」

 「さあ、って」


 慧斗が少しだけ笑った。

 「凛成、いつもそんな感じだよね」

 「いや、細かいの覚えてないだけ」

 「それを雑っていうんだよ」


 麗奈も「え、映画いいじゃん」と乗ってきた。

 さっきまでの機嫌の悪さはどこへ行ったのか、もう別の話に興味を向けている。

 ほんと、こういうところは切り替えが早い。

 いや、悪い意味で。

 でもまあ、こういう軽さはある意味で強いのかもしれない。

 俺にはあまりないから。


 「荷川取も行くでしょ?」

 凛成が言う。

 「え、別に……」

 「別にって何」

 「……まあ、行ってもいいけど」


 言った瞬間、自分でも少しだけ嘘くさいと思った。

 実際、映画なんて正直どうでもいい。

 だけど、こういう“どうでもいい予定”が入ると、何となく世界の動きが少しだけ速くなる気がする。

 何もないよりはマシだ。

 家に帰って寝るだけの日よりは、映画の一つでも挟まった方がまだ気分は変わる。

 退屈を紛らわせるにはちょうどいい。


 「じゃあ決まりな」

 凛成は満足そうに言った。

 「まだ決まってないけど」

 「細かいこと言うなって」

 「お前が言うな」

 「今のは言わせた側の勝ちだから」


 何の勝負だよ、と思った。

 でも、こういうくだらないやり取りが続くと、少しだけ教室の空気も柔らかくなる。

 麗奈はまた何か思いついたように喋り始め、慧斗はそれに適当に相槌を打ち、凛成は勝手に話をまとめようとする。

 俺はその輪の端っこで、半分くらい聞き流しながら、残り半分でどうでもいいなと思っていた。


 でも、それでもいい。

 少なくとも、今日はまだ何も起きていないけど、何かしら予定はできた。

 それだけでも、少しは前に進んだ気がする。

 いや、進んだというより、時間を埋めただけかもしれないけど。


 ――それでも、何もないよりはずっといい。


 金曜日の昼休み。

 相変わらず、世界は退屈で、教室は騒がしくて、俺は俺で少しだけ苛立っていた。

 でも、そんな中でも、ちょっとした予定くらいは入る。

 それなら、それでいい。

 少なくとも、今日は“何も起きない一日”では終わらなさそうだった。


 弁当を食べ終わってからも、凛成と慧斗はまだ何か喋っていた。

 秋山まで混ざって、さっきより少しだけ輪がでかくなっている。

 俺はその横で、ほとんど内容も分からないまま、適当に聞いているふりをしていた。


 ……いや、聞いているふり、というより、聞く気が半分くらいしかなかった。

 こいつらが何を話しているのか、正直そこまで重要じゃない。

 どうせ、誰がどうとか、どこに行くとか、誰が何を言ったとか、そういう“人間同士の面倒なやつ”だろう。

 俺にとっては、そこまで価値がある話じゃない。

 いや、価値がないって言うと少し違うか。

 俺の中で優先度が低いだけだ。


 それにしても、凛成も慧斗も、秋山の相手をしている時だけ妙に楽しそうなのが腹立つ。

 別に秋山が特別かわいいとか、そういう話じゃない。

 ただ、ああいうふうに自然に会話へ入っていけるやつって、ほんと何なんだろうなと思う。

 俺にはその感覚がよく分からない。

 分からないというか、最初から持っていない気がする。


 「でさ、どうする?」

 秋山がまた話を振った。

 「だから、今度のやつなんだけど」


 ……だから何の話だよ。

 そう思ったけど、口には出さない。

 さすがに何度も聞き返すのは面倒だし、さっきみたいにまた空気を悪くするのも嫌だった。

 俺は黙ったまま、少しだけ窓の方を見た。


 金曜の昼は、思ったより明るい。

 左側の窓から光が入っていて、空は薄く晴れていた。

 雲はあるけど重くない。

 風もそこまで強くない。

 こういう日は、外に出ても少しだけ気分がましだ。

 ……まし、なだけだけど。

 別に気分が良くなるわけじゃない。


 窓の外には、昼休みの校庭の端や、遠くの通路を歩く生徒たちが見える。

 誰かは走って、誰かは笑って、誰かはスマホを見ている。

 見ているだけで、全員がちゃんとした何かを持っているように見えるのが少し気に入らない。

 実際は大したことないんだろうけど、少なくとも外から見ると、みんなそれなりに生きている。


 俺はそこで、ふと思い出してスマホを取り出した。

 別に自撮りが好きなわけじゃない。

 というか、むしろあまり好きじゃない。

 でも、自分の顔をたまに見ておかないと、どんなふうに見えてるのか分からない時がある。

 そういうの、大事だろ。

 少なくとも、俺はそう思ってる。


 画面を開く。

 暗いガラスに、俺の顔が映る。

 ……別に特別じゃない。

 そこにいたのは、ただの十五歳の俺だった。


 荷川取慧璃。

 2011年4月2日生まれ。

 もう十五年も生きている。

 十五年。

 そう思うと、なんか変な感じがする。

 長いようで短いし、短いようで長い。

 自分がここまで生きてきたこと自体は当たり前みたいなのに、時間ってやつは勝手に積み上がって、気づいたら人を年上にしていく。


 ……時間って、本当に嫌だ。

 いや、嫌いというか、怖い。


 子どもの頃は、未来なんてずっと先にあると思ってた。

 でも、実際はそうじゃない。

 毎日ちょっとずつ進んで、ちょっとずつ何かを失って、気づいたら“もう子どもじゃない”とか言われるようになる。

 そのくせ、俺の人生はまだ何も始まっていない。

 ここがいちばん腹立つ。

 時間だけはちゃんと進んでるのに、肝心の“俺の物語”はまだ準備中みたいな顔をしている。


 その上、鏡やスマホに映る俺の顔も、なんというか、面白みがない。

 髪は黒い。

 黒いけど、ただの黒だ。

 深いとか、綺麗とか、そういう感じじゃない。

 せめて少しは変な色だったらよかったのにと思う。

 緑とか赤とか、そういうの。

 いや、そこまで派手じゃなくてもいい。

 せめて青。

 できれば、あの少し鈍い感じの青。

 青灰色っていうやつ。

 俺、ああいう色、結構好きだ。


 目も地味だ。

 茶色。

 濃い茶色。

 なんというか、普通すぎる。

 特別感がない。

 別に自分の顔が嫌いってほどじゃないけど、好きかと言われると微妙だ。

 せっかく生まれるなら、もう少し派手でもよかっただろ。

 髪でも目でも、どこか一つくらい“おっ”と思わせる部分があってもいいじゃないか。


 髪は長めだ。

 白樺は髪型にそこまでうるさくないから助かる。

 俺はそのまま伸ばしていて、首のあたりまでかかる。

 耳も少し隠れるし、前髪は眉のあたりまで落ちてくる。

 母さんには「もう少し整えなさい」とか言われるけど、まあ、別に困ってない。

 むしろ、これくらいの方が落ち着く。

 見た目に手をかけるのは、少しだけ面倒なんだ。


 それから、目の下。

 少しだけくまがある。

 睡眠不足ってほどじゃないけど、たぶんずっと退屈な顔をしてるせいでそう見えるんだと思う。

 父さんも母さんも、俺はいつも疲れてる顔をしてるって言う。

 失礼な話だ。

 でも、たしかに俺はあまり元気そうに見えないのかもしれない。

 白い肌も、なんというか、妙に薄い。

 色白っていうより、ただ血色がないだけに見える時がある。

 まあ、それも別に今さらだ。


 背丈とか体重とか、そういう細かい数字は正直あまり覚えていない。

 病院で測るたびに、ああそうだったっけ、となるだけだ。

 大事なのはそこじゃない。

 大事なのは、俺が俺としてちゃんとここにいるかどうかだ。

 少なくとも、そういうことの方が重要だろう。

 ……たぶん。


 スマホをしまいかけたところで、横から肘で軽くつつかれた。


 「荷川取」

 慧斗だった。

 「何」

 「さっきの話、どう思う?」


 ……さっきの話。

 またそれか。

 俺は思わず眉をひそめた。

 何の話だよ、と思ったけど、今さら聞き返すのも負けた気がする。

 しかも、凛成も秋山も、こっちを見ている。

 なんだこの圧。

 別に俺は何も悪いことしてないだろ。


 「……どれ」

 俺が言うと、三人とも少しだけ顔をしかめた。

 「いや、だから今の」

 秋山が言う。

 「今のって何」

 「ちゃんと聞いてなかったの?」

 「聞いてたけど」

 「聞いてないじゃん」

 凛成が呆れたように言う。


 ……うるさいな。

 でも、ここで不機嫌を出すとまた面倒になる。

 だから、俺は一回だけ息を吐いて、それから少しだけ笑ったふりをした。


 「……冗談だよ」

 「は?」

 「だから、冗談。別に何でもいいんだろ?」

 「え、いや……」

 「ならいいじゃん」


 自分でもちょっと無理のある返しだと思う。

 でも、これでだいたい乗り切れる。

 相手が深く突っ込んでこなければ、それで十分だ。

 俺は別に、誰かを怒らせたいわけじゃない。

 ただ、無駄な会話に深入りしたくないだけだ。


 「でもさ、映画の話だから」

 凛成が少しだけ言い直した。

 「さっき言ってた、JMAX THEATERのやつ。見に行くなら何がいいかって」

 「ああ、それか」

 ようやく話が見えた。


 ……映画か。

 それなら、別に完全にどうでもいいわけでもない。

 でも、行くかどうかで言えば、まあ、行ってもいい。

 何もしないで終わるよりはマシだ。

 退屈を少しだけ削れるなら、それでいい。

 正直、今の俺はそういう理由でしか予定を受け入れられない。


 「別にいいんじゃない」

 俺は少し投げやりに答えた。

 「何でも」

 「何でも、って……」

 秋山がちょっと笑った。

 「ほんと適当だね」

 「適当じゃない。無難なだけ」

 「一緒じゃない?」

 「違う」


 凛成が肩をすくめる。

 「じゃあ決まり。今度行こうぜ」

 「……まあ、いいけど」

 「ほんとに来る?」

 「行くって」


 口ではそう言いながら、俺は心の中で少しだけため息をついた。

 映画。

 別に嫌いじゃない。

 でも、そこに意味を求めるほどでもない。

 ただ、こういう予定があると、少なくとも“今日も何もなかった”で終わるのは避けられる。

 それだけで少しは気が紛れる。

 そういうのを、たぶん俺は求めてるんだろう。


 それにしても、こいつらは本当に普通だ。

 普通に話して、普通に笑って、普通に予定を決めている。

 その輪の中にいると、俺だけ少し浮いてる気がする。

 でも、浮いてる方が悪いとは思わない。

 むしろ、浮いてるからこそ、俺はまだこのまま終わってないと思える。


 俺は再び窓の外に目をやった。

 空は穏やかで、風も静かで、何も起こる気配がない。

 ああ、ほんとに退屈だ。

 でも、その退屈の中で、俺だけはちゃんと待っている。

 何かが始まるまで。

 何かが俺を俺らしくしてくれるまで。


 ……いや、違うか。

 俺はもう、十分俺らしい。

 ただ、まだ“本当の俺”が出てきていないだけだ。


 そんなふうに思いながら、俺はまたみんなの会話に適当に頷いた。

 秋山の声は少しうるさい。

 凛成は余計なところまで踏み込んでくる。

 慧斗は静かな顔で、ちゃんと話をまとめようとする。

 どいつもこいつも面倒だ。

 でも、その面倒さごときで今日の空白は埋まらない。


 だから、俺はただ待つ。

 明日でも、明後日でもなく、もっと大きい何かを。

 そろそろ来てもいいだろ、って思いながら。


 金曜日の昼休みは、まだ終わらない。

 でも、俺の中ではもう、少しだけ次のことを考え始めていた。

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