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第⑥章:影の歯 (2)

 荷川取慧璃は、その教室の中で、しばらく動けずにいた。


 肩で息をする。

 手は震えている。

 だが、カメラだけは落とさなかった。

 指先に汗がにじんでいても、握る力はむしろ強くなっている。

 唯一の証拠。

 唯一の記録。

 それだけは手放せない。

 十日前に破られたノートの代わりに、今はこの小さな機械が彼の胸の芯になっていた。


 扉の外では、何かがまだいる気配がした。

 さっきの影だ。

 あの白い歯のような笑み。

 だが、この部屋の中にはまだ入ってきていない。

 だから荷川取は、まず周囲を見た。

 見て、使えるものを探す。

 逃げ道を探す。

 そこにあるものだけで、どうにかするしかない。


 教室は空っぽに見えた。

 机はない。

 椅子もない。

 黒板もない。

 ただ、四角い空間だけがある。

 壁は白い。

 少しだけ汚れている。

 隅には湿気。

 床は乾いているようで、足を置くとわずかに冷たい。

 その冷たさが、かえって現実を思い出させる。


 ――何をすればいい。


 荷川取は、短く息を吸った。

 焦りはある。

 だが、焦っても何も始まらない。

 まず、この部屋から出る方法を見つける必要がある。

 窓。

 壁。

 床。

 出口。

 何かあるはずだ。

 ここまで空間が変わるなら、どこかに抜け口がある。


 彼は壁際まで歩いた。

 その途中で、床に何かが落ちているのを見つける。

 ほうきだ。

 少し古い。

 木の柄が擦れている。

 先端の毛は少しばらけていたが、使えないほどではない。


 荷川取は一瞬だけそれを見つめ、それから拾い上げた。

 もし何かが来た時、これが武器になるかもしれない。

 いや、武器というほどではない。

 だが、手に持つものがあるだけで、人間は少しだけ落ち着く。

 空っぽの手は、恐怖を増幅させる。

 何かを握ることは、逃げる時の骨になる。


 さらに視線を巡らせる。

 床には、点々とした汚れがある。

 濃い。

 赤黒い。

 乾きかけた跡。

 それがいくつか散っていた。

 血に見えた。

 だが、まだ不確かだ。

 この場所では、色そのものが信用できない。

 それでも放置するには気持ち悪い。

 荷川取は、その汚れを見て、無意識に体を少しだけこわばらせた。


 ――片づけろ。


 そういう本能が、彼の中で先に働く。

 これを掃除しておけば、何かが変わるかもしれない。

 そう思ったわけではない。

 ただ、汚れは目印になりやすい。

 残る。

 それなら、消した方がいい。

 余計なものは少ない方がいい。


 彼はカメラを床へ置いた。

 できるだけ壊れないように、壁際へ寄せる。

 レンズがこちらを向く。

 録画は続いている。

 赤い点が微かに光る。

 そして、荷川取はほうきを使って床の汚れを集め始めた。


 掃く。

 軽く。

 だが、急いで。

 赤い床の上の汚れは、ほうきの先でかき集めると、砂のようにまとまった。

 乾いた小片。

 見えない埃。

 微細な破片。

 それが少しずつ寄っていく。

 彼はそれを、床の隅に置いてあった小さなちりとりへ集めた。


 カラカラ、と硬い音。

 道具がぶつかる音。

 それだけが、教室の静けさをかすかに裂く。


 掃除をしている間、扉はまだ動かなかった。

 影の気配も、今は近づいてこない。

 それが、少しだけ安心を与える。

 だが、本当の安心ではない。

 ただ、今すぐ入ってこないというだけだ。

 荷川取はそれを分かっていた。

 だから手を止めない。

 掃く。

 集める。

 片づける。

 無駄な時間に見えて、実際には彼の神経を保つための作業でもあった。


 床の汚れを一つ、また一つと集めていくうちに、空間の端が少しだけ落ち着く。

 気のせいかもしれない。

 だが、彼にはそう感じられた。

 きちんと整えれば、何かが開くかもしれない。

 学校では掃除のあとに空気が変わる。

 それと同じような、わずかな理屈。

 荷川取は、それを頼りにするしかなかった。


 掃き終えるころ、教室の空気はまだ冷たかったが、少しだけ薄くなったようにも思えた。

 すると、窓のひとつが、音もなく開いた。


 荷川取は一瞬、肩を跳ねさせた。

 風が入る。

 いや、風というより、外気だ。

 赤い花の匂いに混じって、乾いた樹皮の匂いが流れ込んでくる。


 窓の外では、白樺の葉が舞っていた。

 いや、葉だけではない。

 赤い花びらのようなものも混ざっている。

 それが窓ガラスに触れ、ぱたぱたと軽く打ちつけられる。

 その音は、先ほどまでの花とは少し違う。

 やわらかいのに、どこか不穏だ。

 美しいと感じる余裕があるうちは、まだ安全。

 そういう種類の景色だった。


 荷川取は、集めたゴミをちりとりに入れ、それを窓の方へ運んだ。

 外へ捨てるつもりだった。

 ちりとりを傾ける。

 すると、汚れはほとんど跡形もなく、葉の向こうの赤い風へ吸い込まれるように消えた。

 ほんの一瞬で、何も残らない。


 ……妙だ。

 そう思う前に、彼の背後で、壁が低く軋んだ。


 振り返る。

 だが、何もない。

 いや、ある。

 壁の一部が、少しだけ膨らんでいた。

 まるで、そこに扉の骨組みが組み上がるように。


 次の瞬間だった。


 壁の中から、扉が生えた。


 木の枠がまず現れる。

 それから板。

 取っ手。

 最後に、扉そのものが完全な形になる。

 建てられるのではなく、形成される。

 荷川取の眼前で、教室の壁に新しい出口ができていた。


 彼は息を呑んだ。

 手に持っていたほうきを、思わず少し強く握る。

 扉の向こうは暗い。

 だが、今の彼には、それが出口に見えた。

 近づかなければならない。

 そう分かる。

 分かるのに、足が一瞬だけ重くなる。

 この場所は、何かを出す時も、何かを隠している。

 だから信用しきれない。


 それでも、彼は一歩近づいた。


 その時、ふと、カメラのことを思い出す。

 置いたままだ。

 壁際の、教室の端。

 あれを拾わないと。

 あれだけは落とせない。


 荷川取が振り返ろうとした瞬間、天井からぱらぱら、と小さな音がした。

 何かが落ちてくる。

 石膏の欠片か。

 あるいは、壁の一部か。

 彼は反射的に頭を下げた。


 見上げる。

 すると、天井と壁の接合部から、細い破片が何本も飛び始めていた。

 木片。

 石。

 紙のように薄いもの。

 それらが、風に煽られたみたいに宙を舞う。

 教室そのものが、少しずつほどけているようだった。


 床も変だ。

 さっきまで踏みしめていた赤い面の一部が、ゆっくりと傾いている。

 たわむ。

 沈む。

 まるで床板の裏が抜けかけているみたいだ。

 荷川取の脳が、そこでようやく危険を明確に認識した。


 ――これは、崩れる。


 彼は慌ててカメラの方へ駆けた。

 その途中、天井の破片がさらに落ちる。

 びり、と空気が裂ける音。

 荷川取は、カメラへ手を伸ばした。

 だが、もう少しで届くところで、壁の方から鋭い破片が飛んできた。


 彼の頬を切った。


 熱い。


 最初の感覚は、熱だった。

 次に、遅れて痛みが来る。

 切れた。

 長い。

 浅いが、はっきりとした切り傷だ。

 荷川取の顔の左側に、赤い線が走る。

 すぐに血がにじむ。

 制服の袖で無意識に頬を押さえるが、それでもじわっと流れる。


 「……っ!」


 声は出ない。

 痛みで息が止まる。

 だが、カメラは手に入れた。

 彼はそれを抱え込むように掴み、教室の外へ飛び出した。


 扉はまだそこにあった。

 生まれたばかりの扉。

 だが、その向こうへ出た瞬間、後ろの教室で何かが大きく崩れる音がした。

 ガラガラ、と。

 壁か天井か、どこかが落ちたのだ。

 もし少しでも遅れていたら、荷川取はその中にいたかもしれない。


 廊下へ戻る。

 そこは、さっきまでの赤い長廊下だった。

 窓も、逆さロッカーも、花もある。

 だが、今の荷川取には、そんなものを味わう余裕はない。

 頬が痛い。

 血が垂れる。

 カメラを壊さなかったことだけが救いだ。


 彼は急いで、床に滴る血を袖で拭った。

 だが、傷は浅くない。

 長い。

 熱い。

 ちくちくする。

 彼は舌打ちしたい気持ちを飲み込んだ。

 この傷で、顔を歪める時間すら惜しい。

 何より、血の匂いが嫌だ。

 それは、この場所の何かを呼ぶ気がした。


 だから、彼は水のように見える赤い床へ少ししゃがみ込み、手のひらでその液体をすくった。

 そして、傷へ押し当てる。

 ぬるい。

 水だ。

 だが、赤い。

 洗うというより、濡らすしかない。

 それでも、少しだけ痛みが鈍くなる。

 完全ではない。

 だが、動ける。


 その瞬間だった。


 ドン。


 どこかで、重いものが壁を叩く音がした。

 後ろ。

 振り返る前に分かる。

 あれだ。

 影。

 戻ってきた。


 荷川取は、すぐに立ち上がった。

 息が速くなる。

 逃げる。

 逃げるしかない。

 彼は曲がり角へ駆け出した。

 赤い床が足元で滑る。

 頬の傷が風にしみる。

 でも止まれない。


 走った先に、広い空間が開けた。

 そこは、教室でも廊下でもない。

 だが、学校の一部だった。

 中央に、小さな木が立っている。

 それも、ただの木ではない。

 桜の木に似ていた。

 しかし、サイズは荷川取と同じくらいしかない。

 小さい。

 不完全。

 枝は細く、根はむき出し。

 地面から伸びる根が、床の赤い水に半分浸かっている。


 周囲は暗かった。

 壁は真っ黒。

 それなのに、その木だけが少しだけ見える。

 そこだけが、かすかな景色として残っている。

 そして、木の周囲には、水がにじんでいた。

 赤い床とは別に、土のような質感がわずかにある。

 桜の根元に、濡れた地面。

 その組み合わせが、ひどく不自然で、なのに妙に綺麗だった。


 荷川取は、その木を見て一瞬だけ足を止めた。

 すると、背後の廊下で巨大な金属音がした。

 振り返ると、さっき来た道が、上から下へ逆転するように塞がれていた。

 ロッカーが落ちる。

 壁が降りる。

 通路が閉じる。

 彼は戻れない。


 息が止まる。

 いや、止めたくないのに止まる。

 目の前の木。

 背後の閉鎖。

 そして、彼の左側に――

 開いたままのロッカーがあった。


 その中は、ただの暗闇だ。

 だが、暗闇の質が違う。

 吸い込むような黒さ。

 空洞。

 奥が見えない。

 そこへ入れば、何か先に進める気がした。

 少なくとも、戻る道は断たれている。

 なら、次はそこだ。


 荷川取は、ロッカーへ近づこうとした。

 その時だった。


 ばさっ。


 空気を切る音。

 軽いのに、妙に大きい。

 彼は反射的に上を見た。


 そこにいたのは、鳥だった。


 最初は、本物の鳥に見えた。

 だが、違う。

 あまりに整いすぎていた。

 形が。

 翼が。

 頭の角度が。

 それはまるで、紙で折られたような鳥だった。

 しかも巨大だ。

 黒い紙。

 いや、黒だけではない。

 紙面のどこかに文字がある。

 試験問題の文字だ。

 答案用紙。

 赤い丸。

 大きな×印。

 解答欄の線。

 それらが翼の模様になっている。


 荷川取は、目を見開いた。


 鳥は一羽ではない。

 二羽。

 三羽。

 四羽。

 いつの間にか、桜の木の上に群れていた。

 どれも、巨きな折り紙のカラスのようだった。

 翼の縁は、ピンクのネオンみたいに光っている。

 光るのに、紙だ。

 しかも、その紙は実際に風に震えるたび、乾いた葉のような音を立てる。


 ばさ、ばさ。

 ぱら、ぱら。

 まるで、落ち葉が空を飛んでいるみたいだった。


 彼らは、桜の木にとまっていた。

 じっとしている。

 それでも、視線だけは明らかだった。

 荷川取を見ている。

 見て、測っている。

 その気配がある。


 美しい。

 そう思えるほどには、作りが繊細だった。

 折り目は正確。

 輪郭は鋭い。

 紙なのに、羽毛よりも整っている。

 そして、その白と黒の中に、大きな赤い丸がいくつも印刷されていた。

 それは、採点で押される不合格の印だ。

 赤い丸の中に、さらに小さく何かが書かれている。

 文字。

 問題番号。

 答案。

 敗北。


 荷川取は、カメラを持ったまま、そっと録画を続けた。

 この鳥たちは、記録に値する。

 それだけはすぐに分かった。

 さっきの影とは違う。

 こちらは、もっと整っている。

 もっと“作られた”感じがする。

 そう思うと、恐怖の質が変わった。

 ただの怪物ではない。

 学校そのものの規格でできた生き物。

 そんな印象だ。


 荷川取は、少しだけ前へ出た。

 鳥たちは動かない。

 だが、彼が近づくと、一羽だけが首をかしげた。

 紙が擦れるような音。

 それは、興味を持った者の動きに近かった。


 彼は、少しだけ手を伸ばす。

 試しに、そっと。

 「……おい」

 声は小さかった。

 「撮るだけだ」


 その時、鳥は何もせず、ただ彼の手の先を見た。

 視線が合う。

 いや、正確には、答案用紙の穴のような目が彼を捉えていた。

 荷川取の呼吸が、わずかに緩む。

 もしかすると、この鳥たちは敵ではない。

 少なくとも、さっきの影ほど明確な悪意はない。

 そう判断しかけた、その時――


 一羽の鳥が、突然、翼を開いた。


 ばさっ。


 その羽ばたきは、紙なのに鋭かった。

 風圧が来る。

 荷川取は驚いて、手を引っ込めようとした。

 だが、間に合わない。

 鳥の翼の縁が、彼の手に切りつけた。


 「っ!」


 痛い。

 熱い。

 細い傷。

 血が出る。

 その赤を見た瞬間、周囲の鳥たちが、一斉にざわめいた。


 ばさ、ばさ、ばさ。


 動き出す。

 空気が変わる。

 紙の羽音が一斉に重なる。

 そして、鳥たちの体がわずかに膨らんだように見えた。

 赤が増える。

 赤い丸の印が、より濃く浮かぶ。

 ネオンピンクの縁が、さらに鋭くなる。

 サイズが、少しずつ大きくなる。


 荷川取は、息を詰めた。

 血。

 血を見て、彼らは変わる。

 もしかすると、彼らは傷ついた相手を敵と認識するのか。

 あるいは、血そのものに反応しているのか。

 どちらでもよかった。

 今は、とにかく不味い。


 次の瞬間、鳥たちが飛んできた。


 ばさあっ。


 一羽が顔の横をかすめる。

 紙の翼が頬を打ち、薄い切り傷を残す。

 もう一羽が腕を叩く。

 袖が裂ける。

 布が切れる音。

 細かい刃が次々と通り過ぎる。

 荷川取は反射的に腕で顔を守った。

 だが、防ぎきれない。

 肩。

 腕。

 手の甲。

 小さな傷が増えるたび、鳥の赤い印が、少しずつ濃くなる。


 増える。

 大きくなる。

 暴れる。

 攻撃が速くなる。

 荷川取はその場で身を縮め、カメラを抱え込んだ。

 だが、鳥たちは止まらない。

 むしろ、彼の血を浴びるたびに、紙の体が厚みを増していくようだった。

 羽が硬くなる。

 赤丸が広がる。

 目が鋭くなる。

 答案用紙のような皮膚が、血で染まった不合格答案みたいに見えてくる。


 痛い。

 痛い。

 痛い。

 その感覚だけが、何度も何度も来る。

 荷川取は、耐えようとした。

 だが、相手は数が多い。

 しかも、少しずつ大きくなる。

 紙なのに、羽ばたきは重い。

 それが顔や首へ当たるたび、皮膚が焼けるように痛む。


 ついに彼は、カメラを握る指の力を失った。

 がしゃ。

 床へ落ちる。

 機械が赤い床にぶつかる音。

 画面が揺れる。

 録画はまだ続いている。

 だが、荷川取にはもうそれを見る余裕がなかった。


 彼は床に片手をついて、鳥たちの群れを見上げた。

 彼らは、もう彼の周囲を円を描くように飛び回っている。

 まるで獲物を囲む教師の視線みたいに、上から下から、逃げ道を塞ぐ。

 次に来るのは、もっと大きい傷だ。

 そうわかるだけで、喉がひどく乾いた。


 その時、ふいに――

 ドン。


 横から強い衝撃が入った。

 何かが荷川取の身体を押しのける。

 腕を掴まれたわけではない。

 肩を強く押し戻されたような感覚。

 彼は床に倒れかけ、顔を上げた。


 そこに、あの影がいた。


 黒い塊。

 白い目。

 白い口。

 笑みはない。

 だが、鳥たちが見た瞬間に、その動きが止まった。


 紙のカラスたちは、一斉に向きを変える。

 荷川取ではなく、影へ。


 ばさっ。


 次の瞬間、数羽が一気に影へ飛びかかった。

 鳥たちは明らかに、さっきまでとは違う標的を見ている。

 その理由は単純だった。

 荷川取より、影の方が大きい。

 血を持つもの。

 大きな獲物。

 それを狙う本能だけが、鳥たちを動かしていた。


 影は、紙の群れにぶつかられて一瞬だけ揺れた。

 黒い体に、赤い紙片が散る。

 荷川取は、そこでようやく理解した。

 この鳥たちは、完全な悪ではない。

 だが、完全な味方でもない。

 目の前の血に反応し、より大きい標的へ向かう。

 ただそれだけだ。

 それでも今は、その性質が彼を救っていた。


 荷川取は、片膝をついたまま、荒く息をしながら影と鳥の群れを見た。

 カメラはまだ床にある。

 録画は止まっていないはずだ。

 頬と手と腕の傷が熱い。

 制服も破れている。

 だが、逃げる時間ができた。

 鳥たちが影に向かった今なら。


 彼は床へ手を伸ばし、カメラを掴み直した。

 画面は少し割れている。

 だが、映る。

 映っている。

 それだけで十分だった。


 影の方では、紙の羽音と黒い気配がぶつかり合っている。

 桜の木の枝が震え、赤い花びらが散る。

 その中で、荷川取は傷だらけの息を整えながら、次の動きを考えた。


 この鳥たちは何者か。

 なぜ血に反応するのか。

 あの影は何なのか。

 なぜ鳥たちは影を狙うのか。

 考えることは多い。

 だが、今はひとつだけだ。


 ここから離れる。

 それが先だ。

 そして、可能なら鳥たちも記録する。

 この場所には、まだ知らない規則がある。

 それを見つけるまでは、荷川取慧璃は止まれない。


 痛みで少しだけ目が滲んでいた。

 だが、彼は前へ進むために、カメラを胸に抱き、紙のカラスの乱舞する光景を見据えた。

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