2.さしずめ箱詰め
犯人は人ではなく、小動物。
その前提で、話を聞いて回ったところ、近隣で同じ鴉による盗難が横行しているという話が出てきた。
それによると、この私達の目の前にある空き家には最近、その鴉がよく出入りしているらしい。
盗みを働いた後に立ち寄っていることから、空き家を鴉がねぐらとして利用しているかもしれないという。
庭は荒れ放題で、私達以外に人が来た形跡はない。
鉄製の正面扉に手をかけ、力を入れる。
ところが、内から鍵がかかっているようで扉が開く様子はなかった。
「・・・・・・どうしますか?
私なら力尽くでこじ開けることもできますけど?」
少し迷って、ヨヌンは私の提案をはね除けた。
「その・・・一応、裏まで回ってみませんか?
他の入り口がないか探すのもそうですけど・・・窓があれば入る前に家の中を確認できるかもしれませんし・・・」
確かにいきなり中に踏み込むより、危険を先に知れるならその方が都合が良い。
反対する理由はなかった。
結論から言うと、窓は全てカーテンで外から中が見えないようになっていて、戸締りも固かった。
リビングに面するところに高窓が1つ見つかったが、あれはそもそも手が届かない。
手の届く範囲にある窓が全て閉まっている以上、ヨヌンはそこの高窓から鴉は出入りしていると考えているみたいだった。
そこから更に裏口の方に回り込むと、そっちにも扉があって、ドアノブを引いてみるとそっちは問題なく開くと分かった。
首だけで中を覗くとキッチンに繋がっていることが確認できる。
「ここからは私だけで行くので、ヨヌンは待っていてください!」
「あ・・・いや・・・それは・・・」
こういうとき、身体が頑丈な私なら万が一のときでも助かる可能性が高い。
そういった思考もあって、ヨヌンの言葉は私の耳には入らない。
音もなく閉まる扉と共にゆっくりと外へ締め出されてしまっていた。
裏口から入って、真っ先に目についたのは、鍵が包丁類に混ざってぶら下げてあることだった。
表の入り口には鍵がかかっていた。
そこのものかもしれないと思いつつ、そのことは一旦、頭の片隅に押しやる。
確かに、キッチンに鍵を置くのはかなり変わっているとは思う。
けれど、鍵がどこのものだろうと、今の私に関係があるようには感じなかった。
キッチンで目を引いたのはそれくらいで、
私は早々にリビングの探索に入っていく。
この空き家を拠点にしている筈の鴉は留守にしているようで、邪魔が入ってくることもなかった。
出来ることなら、鴉が帰ってくる前に調べ終えてしまいたいところだ。
テーブルの上に置かれた高級感のある腕時計を手に取る。
リビング内で、これだけが埃を被っていないのを見て、それが盗品のひとつであることを確信した。
だけど、どうしてこれだけテーブルの上に置いてあるんだろう?
と、腕時計をそっと戻そうとしたときに、手が滑ってテーブルの脇のカーペットに落としてしまう。
拾いにいこうと足をカーペットの上に乗せると、床がミシミシと軋むのが分かった。
何かある。
そう思って、カーペットをめくると、さらに下へと続くハッチが顔を出した。
ここには二階などはないので、この下は地下室ということになる。
こんなものがあったなんて。
ヨヌンと事を共有してから先に行くべきかで悩む。
しかし、どうせ報告するなら地下室の内容を知っておいた方がいいとも思った。
私は慎重に地下室へと繋がる階段を下る。
一段降りる度、背後の明かりが遠ざかっていった。
切れた電球が振り子のように小さく往復する。
涅っぽい赤レンガの壁に沿って、ワインラックがズラッと几帳面に並べてあるのが見て取れた。
室内の温度を管理するための温度計、湿度計まで設置してある。
多分、この地下室は空き家に住んでいた人の趣味で造られた場所なのだろう。
相当お酒に目がない人物だったと見て取れる。
蜘蛛の巣を払いのける。
よく見ると、ワインラックには酒瓶がほとんど収納されておらず、代わりに硬貨やアクセサリーなどの小物が並べてあった。
鴉の仕業だ。
気に入った貴金属などの光り物を収納するのに使っているらしい。
床にも直に、鴉が集めた盗品らしきものがあちこちに散らばっていて、歩きづらいことこの上ない。
鳥には重くて持ち運べなさそうなものもあったが、そういうのに限って金属が使われている。
これらは磁力で引き寄せて運んだのかもしれない。
そういった邪魔な物をうまいこと避けていくと、ワインを乗せる用の小さい丸テーブルに行き着く。
入り口から最も離れたところにあるそれの上に金属製の大層な金庫が飾られていて、これだけ他と様相が違っていた。
ダイヤル式の金庫のようだ。
けれど、微妙に隙間をつくって開きかけていることから、施錠されているのではないみたい。
中に何が仕舞われているのかだけでも確認しようと、私は考えなしに金庫の扉に手をかけた。
何もない?
金庫の中身は空っぽだった。
肩透かしを食らって、身を起こそうとするが上手くいかない。
体重を支えきれず膝が崩れる。
私は混乱の只中にいた。
何かに躓いたのか、と最初に疑ったが、そういうわけでもないらしい。
答えを求めて下に視線をやる。
「っ!?
そう来たか」
膝下に矢が深々(ふかぶか)と突き立てられている。
そこから垂れたものが円となって床を汚した。
矢が飛んできた方向を見れば、発射された後のボーガンが私の膝くらいの高さで、ワインラックの下に固定されている。
屈んでみるまで気づきもしなかった。
どうやら例の鴉が棲家への侵入者に対して罠を仕掛けていたのだろう。
空っぽの金庫はその陽動だったらしい。
それに私はまんまと引っ掛かったようだ。
負傷した右足を引きずるようにしながら、なんとか壁にもたれかかる。
このとき、私の目は既に出口を探していた。
恐らく靭帯が切れているのだろう。
立っているだけで激痛が走る。
止血は後回しにした。
それよりも今は外に出るのが先決だった。
患部を引き上げるようにして、一段一段、確実に階段を登っていく。
普段しない動きをしているせいだろう。
息が上がるのが早く感じた。
いつ鴉がこの棲家に帰ってくるか分からない中、この重体でこれ以上ここに留まるのは危険だ。
それに、他にどんな罠が仕掛けられているかを考えたら迂闊に触れることもできない。
ここは一度、ヨヌンと合流するべきだろう。
そんな考えの元、私は階段を登り切った先でハッチを押し上げた。
それまで足元にあった目線が頭より上にくる。
おかげで、自然と天井近くの高窓に目が行った。
嫌なことに、このとき、自分の顔が強く歪むのが分かる。
「・・・・・・ほんと最悪」
窓ガラスの反対側から、ガラス玉のような剥き出しの眼球が2つ。
黒い翼を携えた鳥がこちらを見下ろしている。
遅かった。
そう思った刹那、目がチカッと光ったような感覚と共に舌に金属のような味が広がった。
身体の異変を感じたときには、私は頭を低くしてダイニングに転がり込んでいた。
すぐさまテーブルを立てかけ、その裏に滑り込む。
次の瞬間には、盾にしたテーブルに時計の針が幾つも突き立てられていた。
部屋の中を見返すと、時刻を指す針が捻じ切れたことで、室内の時計という時計はどれも挙動がおかしくなっている。
これがヨヌンの言ってた・・・。
磁力を操る能力。
今のは私の体内に磁力を発生させたらしい。
だけど、まさかその引き寄せる力が、時計の針に使われる真鍮を変形させるほど強いとは。
それに、こいつ、人間を攻撃するのに躊躇がなさすぎる。
野放しにすれば深刻な被害を出しかねない。
矢を受けた右脚がじくりと痛む。
さっきから高窓にいる鴉から目を離さないようにしているが、未だに動きは見られない。
この隙に、私は立てかけたテーブルを背中で固定する。
そうして空けた手を使って、足に刺さったままだった矢を無理やり引き抜いた。
抜いた矢がカラコロと床を転がる。
出血が酷い。
ガーゼはないので、代わりに着ていた上着を脱いで、汚れの少ない裏地を傷口に当てがい、体重をかけてきつく縛る。
これで最低限、動けるだろう。
上着の袖がしっかり結ばれていることが確認でき次第、私は再び机越しに高窓へと視線を投げかけた。
・・・・・・居ない。
ちょっと目を離した隙に、高窓からこちらを伺っていた鴉の姿は忽然と消えている。
一瞬とはいえ、視線を外したのはまずかったか。
なんて考えが過ぎるのを振り払うように頭を左右に振る。
こうなると、一か所に留まっているのは得策ではないとして、私はのそのそとテーブル裏から這い出た。
鴉の能力の前では、遮蔽物が多く、風通しの悪い家の中ではこちらが不利。
かと言って、裏口に逃げれば戦う術を持たないヨヌンを巻き添えにしてしまう。
合流は諦める。
正面玄関に向かうしか、ない。
あそこは鍵がかかっていたから、私の力で無理やり・・・・・。
そこで、嫌な想像がよぎる。
この身体はまだ力加減ができない。
もし私の力が強すぎて、ドアノブを壊してしまったら?
公園でのこともある。
無いとはいえない。
そして、私は悩んだ末に、キッチンに置いてあった鍵を思い出した。
負傷した足は相変らずだったが、向かうべき先は分かっていた。
通路の角から顔だけ出すように、キッチンの方を覗き込む。
正面玄関の鍵は、見つけたときのまま包丁の並びの中にあった。
それを確認して、踏み入ろうとするが、通気ダストが僅かに空いた状態になっているのが目についた。
裏口から入ってきたときは閉まっていた筈だ。
となると、考えられるのはひとつしかない。
あの鴉だ。
先回りされていた。
唇をぎゅっと結ぶ。
ダストを通って室内に侵入したのだろう。
私の考えが正しければ、鴉はあのダストの中に身を潜ませていると思われる。
チラッと見渡しただけでもキッチンには包丁や食器などの扱いの難しい金属品に囲まれている。
表玄関を開ける鍵を手に入れるには、磁力で引き寄せられるそれらを潜り抜けなければならない。
表から出るのは諦めて裏口から出るにも、キッチンを通るため同じことだ。
どっちにしろ、鴉は必ず、私がキッチンに踏み込むのに合わせて能力を使うだろう。
だが、そこに付け入る隙がある。
ごちゃごちゃと頭の中でそのような思考を纏める。
それでようやく腹を括った。
廊下の隅で丸めていた身体を起こし、膝立ちでキッチンの方に半身を乗り出す。
次の瞬間、目の中で光が点滅し、舌に味が伝わる。
前のときと同じ。
相手が能力を使って私の体内に磁力を発生させたときの感覚だ。
それが分かって、私は自分の腕を突き出した。
鉄製品が次々こちらに向かって飛んでくる。
それが私の狙いでもあった。
腕にはここぞとばかりにナイフやフォークが突き刺さるが、私の欲しいものも引き寄せられる。
鉄製の鍵。
片足を失った今の私にはあそこまで自力で辿り着く力はない。
くしくも磁力の引き寄せる力が私を助けた。
鍵を掴んですぐ、腕がどの程度動くか確認する。
「・・・・・・辛うじて手は開く」
これならなんとか鍵を差し込んで捻るくらいはできそうだ。
それだけ確かめてから、手にした鍵を持って、片膝を地についたまま正面扉へとにじり寄っていく。
最中に、鴉の攻撃があるのではないかと警戒するが、それもない。
それがかえって不気味だ。
などと言っている間に、特に何事もなく正面扉が見えてくる。
何かある前にさっさとここから出てしまおうと、足早にその鉄製のドアへと向かう。
直後、三度目の磁力発生が私の体内で起こった。
それにより、私はもっとも近くにある金属。
つまりは、正面扉の方に叩きつけられた。
「あーもう。
鉄製って時点で胸騒ぎしてたけどさ!!」
頬が扉に張り付く中、鍵を取り出すが上手くいかない。
力の抜けた指先からするりと鍵が逃げていく。
そこを間一髪、もう一方の手で下から鷲掴みにした。
むりくりにでもねじ込んでしまえばこっちのものだ。
体当たりの要領で扉をぶち破り、強引に外に躍り出た。




