1.リヒテンべルク図形
音を殺してジッパーを上に引く。
身じろぎする度にナイロンの生地が擦れた。
ハリのある上着なので、上のシルエットが普段よりがっしりして見える。
本当はまだ取ってはいけないと言われていたのだが、着替えに乗じて包帯はほどいてしまった。
こうして毛髪を束ねて縛るのも久々で、身も引き締まるようだ。
それが済むと、今度は枕の横に置いてある皿にそっと手を忍ばせる。
りんごは食べてしまったので、乗っているのは皮剥き用のナイフだけだ。
柄を持ち上げるところまでいってそこで手を止めた。
「・・・・・・」
武器になるかもって思ったけど。
しまう場所がないか。
そう考え直し、くるりと踵を返す。
どっちみち、今の私には必要ないものだった。
窓枠に足をかける。
身を乗り出すようにして、飛び降りた。
仮眠を取っておいて良かった。
病院から飛び出してすぐそんなことを思った。
通行人の眠気を引きずった顔が駅へと吸い込まれていくのとすれ違う。
なんだか街そのものが眠っているかのようだ。
にも関わらず、耳元は騒がしい。
屋根を一定のリズムで激しく叩きつける音がする。
排水溝まわりは泡立っていた。
空気がじめっとして重い。
髪の毛が肌に張り付く。
うっとうしくて、頭を振り払う度に冷たい飛沫が首筋を撫でた。
肌から体温が逃げていくのが分かる。
傘を持ってこなかったことを悔やむばかりだ。
水浸しになるのを嫌って足の回転数を速める。
空気が質量を持ったかのように身体中に叩きつけられるようだった。
地面を足のヒラで押すとその力が倍になって返ってくる。
大して力を込めずとも泳ぐみたいにスイスイと進んでいた。
激しく動いたためか下着が下がるのを感じて、腕を脇に挟む。
そう言えば、医師に診察のとき言われてたっけ。
人の域を超えた運動神経。
それを肌で痛感する。
もうどれくらい走っただろう。
さっきあんな遠くに見えていたフェンスがもう目の前に迫っている。
減速、いや。
「飛び越えれるでしょ!!」
言うが否や、躍動に身を任せ一足飛びのつもりで地面を蹴る。
足が引っかかるかもしれないと思い、膝を揃えて抱え込める高さまで持ち上げる。
足先に目線をやったときにそれが杞憂であったことを知る。
高台に立っているみたいだった。
街並みをここから見下ろせてしまう。
正直、この後の着地が怖い。
煤っぽい雰囲気。
産業機械の名残の残る眺めが随分遠くまで来たことを教えてくれた。
ここまで来ると坂道は殆ど見当たらない。
くの字に折れ、まっすぐな体幹を維持して降り立つ。
バケツをひっくり返したかのように、派手に水滴が跳ねた。
「さて、どうすべきかな」
未だに収まりきらない動悸を鎮めつつ、今後のことに思案を巡らす。
レインコートの人物の足跡はここで途絶えていた。
少なくとも、SNS上ではこれ以上辿れないだろう。
もし私が後ろ暗い人物で、ここまで捜査から逃れてきたとしたら。
どこを目指すだろう。
あり得るとしたら・・・・・・。
「海沿いに並ぶ貨物倉庫・・・・・・」
あそこなら再開発エリアから離れていて人の目につかない。
不利な証拠は海に放り捨ててしまえばいい。
とそこまで考えついて、足が勝手に動いていた。
可能性は可能性でしかなく、確証と呼べるものはなかった。
それでも、条件はこうもそろっている。
行ってみる価値はあるように思えた。
コンテナから直接運び込まれたのだろう。
貨物倉庫に侵入してまず、木箱やパレットなど、放置された積荷が目についた。
荷を下ろすのに使うのであろうクレーンが存在感を放つ。
露出した梁なんて雰囲気に合いすぎているくらいだ。
埃が舞う。
スマホのライトを点けた拍子にその様子がありありと照らし出された。
水滴のせいで指が滑り、画面を操作するのにも思ったより時間がかかる。
台車に、ベルトコンベア、クレーン等々。
どれも錆びついているように動かない。
だいぶ長く使われてないみたいだ。
随分と入り組んでいる内装をしてるな。
倉庫というからもっと何もない開けた場所を想像していたけど。
置かれている機械や荷棚が迷路を形成していて、何に使うのか、用水路みたいなものまで引かれている。
ここの探索だけで時間がかかりそうだった。
中二階へと上がる階段を見送る。
そのまま奥へ奥へと、進むほどに強くなる底知れない闇に対して頼りない明かりが不安を掻き立てた。
積荷の山に隠れるように引っ込む物影に気づいたのはそのときだった。
ずるずると引きずる音がする。
気のせいではない。
音の後を追ってゆっくりと積荷を避けて顔を覗かせる。
なんでこういうときほど大胆になれないのだろう。
その数秒間は、息をするのさえ忘れそうになった。
角には積荷が天井近くまで積み上がっている。
そのため、曲がるまで私には対角線上を覗くことは不可能だった。
「・・・・・・・・・・・・」
目を見開く。
むせ返るような吐き気に口を押さえずにはいられない。
人がいた。
1人は私よりひと回りかふた回りほど歳が離れていそうな陰鬱とした男で、ギラギラした目と合う。
特徴としていた濡れたレインコートも無造作に丸めて脱ぎ捨てているので間違いようがない。
紛れもなく、私が追い求めていた相手だ。
それは良い。
もう1人。
腰を下ろしている男の丁度足元に臥せっていた。
生気のない瞳が開け放たれている。
「何じろじろ見てるの?
死体は初めてとか?」
「ち、がう」
受け答えにすら動揺が現れる。
そんな私とは対照的に、男は悠々とライターを取り出し、親指でホイールを回転させた。
辺りに火花が散る。
幾ばくもなく、じんわりと湿り気のある微笑を讃えた口元がブラッシュアップされる。
やはりイヤホンをしているようだ。
光に揺られるようにして白いケーブルが耳から垂れ下がっている。
「そうじゃなくて・・・・・・」
私の注目はいまや追っていた男よりも足元の死体にあった。
あそこに横たわっている顔。
知っている。
よく知っている。
遊びに誘うって、連絡するからって別れてきりだったけど。
こんな偶然。
ずっと開きっぱなしでスマホの充電は赤いバーに差しかかっている。
先ほどもライトを点けるのに使ったばかりだ。
なのに、気づかなかった。
アプリの連絡を知らせる通知が来ていたことを今になって知る。
私の心情も知らずに呑気に空いている日を尋ねていた。
スマホが手から離れ、画面にヒビが入った音がしたが、まったく気にならない。
私は余程蒼白な顔色を晒していたらしい。
相手から声をかけられるほどに目に見えて。
「気分悪そうだね。
俺も雨の日は鬱屈とした空気に当てられて嫌になる」
ライターの明かりに当てられて、転がっている死体の瞳孔が一瞬収縮した。
けれど、すぐに弛緩したかのように開いてしまう。
死斑や死後硬直はなかったが、紛れもなくそれは遺体であった。
「なんだかとっても死にたいな。
でも痛いのはやっぱ嫌だ。
車の前に飛び込んだときにつくづくそう思ったよ。
ねぇ?」
放心状態で上の空の私を無視して、一方的に喋っている。
そんな中で車に飛び込んだというワードだけが耳にこびりついた。
他にもちょくちょく言葉は頭に入ってくるが、前後で発言の飛躍が見られる。
冗談で言ってるのか?
いや、言葉からは常に本気を感じる。
発言は飛んでいるように感じるが、彼の頭の中では通じているのだろう。
まるっきり他人事と言った様子だった。
私に死体をどうこうしているところを見つかったというのに飄々(ひょうひょう)としている。
こういうとき、人は慌てふためくものだと思うのだけど、こいつからしたら人の目などどうでもいいようだ。
現に、隠そうとするどころか交通事故の件もあっさり自白していた。
「そしたら、勝手に事故ってんだよ。
ほんとツイテない。
これ、俺のせいかな?
俺悪くないと思うんだけど。
避けない向こうの責任じゃないの?」
「じゃあ、なんで逃げたの?」
気がつけば、底意地の悪い差し出口を挟んでいた。
平静を保とうとただ淡々と告げる。
本気で自分が被害者だったなら現場から逃げようなんて思わない、変に怪しまれにいくようなものだ、とそういう意図を込めて背中から刺した。
事実がどっちであろうと次に私の取る行動はきっと変わらない。
ただ非が向こうにあるならちょっとだけ気が楽になると思った。
「・・・・・・・・・・・・」
返事はない。
男は閉口してしまった。
眉を顰め、頭を抱えている。
頭痛に悩まされているようにも、ストレスを抱えているようにも見えた。
そして、話をすり替える。
そんな話だとなかったかのように。
彼の頭の中からは抜け落ち、話の切り替わりに際して穏やかな顔と特徴的な息を含ませる声が戻っていた。
「この女さ、俺のこと道に迷ってると思ったみたいでしつこく声をかけてきたんだよ。
挙句、他の奴等に連絡までしようとするもんだからさ、つい・・・・・・」
黙らせてやったんだ。
続く言葉を聞き届ける前に手が出ていた。
私は全身が凶器だ。
ただの殴打ですら鉄塊による打撲へと早変わりする。
だが、相手の反応は早かった。
さっと私の拳を潜り抜ける。
「っ!?」
バチっと聞こえたと思えば、目の奥が点滅していた。
首筋が針で刺されたかのように疼く。
スタンガンでも隠し持っていた?
上着の表面のナイロンが派手な放電音を発生している。
ところどころ焼けこげていて熱を持っているようだ。
千鳥足で後退りながら、ファスナーを下ろす。
肩を竦めるようにすると、上着は重みに耐えかねて床にずり落ちた。
「・・・・・・なんでケロっとして・・・・・・」
私の異様な身体が浮き彫りになった瞬間、察するものがあったらしい。
じろじろとした視線に晒される。
「どう、くびれには自信があるんだけど?
刺激が強かったかな?」
なにせ鉄パイプ一本の細さまで絞ってあるからね。
こんな身体にしておきながら覚えていないとは言わせない。
冗談めかして口にする。
うん、これだけ堂々と吹かせられるなら私は大丈夫だ。
それでようやく、落ち着きが戻ってきていた。
男はぎりぎりと歯をすり合わせている。
気でも触れたのか一心不乱に頭を搔きむしる。
まるでそう、性格がころっと変わったかのように。
情緒が安定していないのが見受けられた。
ストレスを発散する方法がそれしかないのだろう。
感情の抑制が苦手と見える。
落ち着くまでひとしきりそうしていた。
「はあ・・・・・・本気でツイてないな」
片目を細め、忌々しげに噛み締めている。
抜け毛が散らばり、爪の間には血が付着していた。
「まさか、他にも似たような奴がいるとは思わなかった」
ぼそりと零した何気ない独り言
だが、妙に引っかかる。
似たような奴。
性格とかじゃないよね。
話の流れからするとそれって。
男が掌を背後に向ける。
そして、遺体の前髪を払うようにして冷たい額に触れた。
直後、その遺体が内から破裂する。
スプラッター映画のように血肉が飛び散り、壁を汚した。
「うぜぇ」
彼はその手で自分の首筋をさする。
交通事故の件は爆発物が原因って聞いたけれど。
手はこのように空いていて、爆発物の類いを隠し持っているような気配はない。
さすっている箇所からは湯気のような煙が立ち上っていた。
首から顔にかけて血管が浮き彫りになり、配線のように複雑に絡まりあっているのが見て取れる。
パチパチと蒼白い火花が迸った。
いずれも、人間の身体反応でこんなことがあり得るとは思えない。
その範疇を逸脱していた。
相手がいらだち交じりに蹴り上げた空瓶がこちらに転がる。
ラベルには頭痛薬とある。
「これは・・・・・・」
私のときとの共通点が多すぎる。
似ているってそういう・・・・・・。
不思議とスッとこの状況を飲み込める自分がいた。
「・・・・・・ちょっと良いかな?
あー、君の方から始めたとはいえ、俺も反撃して悪かったよ。
だから、この場は何も見なかったことにしてくれない?」
「・・・・・・・・・・・・」
本気で言ってんのか、こいつ そう思った。
何よりまず自分の耳を疑う。
どこを切り取って今のでいけると踏んだのかが分からない。
なんだか、またも会話が噛み合っていないように感じる。
第一そんな口約束をしたところで誰が信じると言うのだろう。
訝しむように目を窄めるが、その目からは何も伺い知ることはできない。
この男の発する言葉は魚が口をぱくぱくする以上の意味を持ち得ないのだろう。
話をして私はそれを身をもって理解した。
「やっぱ、駄目?」
心の中で冷ややかに息をつく。
お誘いどうもありがとう。
とっくに返事は決まっていた。
「犬の餌でも喰らえ!!」
下品な物言いでも、相応しい相手っていると思うの。
最初から私には殺意があった。
しかし、男はそれを知らない。
故に、提案を跳ね除けられたのも自分の言葉を信用していないからだと理解した。
受け入れていれば楽に処分できたのにと男は残念に思う。
ここを後にしようとドロテアが背中を見せた瞬間に素早く首を絞められるように開いて準備していた指を名残惜しげに握りしめる。
「・・・・・・だっる」
彼は指先でライターのガスノズルを押さえる。
すると、ジジッと火の粉を散らした。
先程の爆発と言い。
あいつが何かしているのだろうけど。
まじまじと見ていたからだろう。
相手も視線を感じたようだ。
「良いでしょ?
これ、常に持ってんだ。
前に切らして死にかけたことあるし」
どうやら私がスタンガンと思っていたのはこれらしい。
火口がこちらに向けられ、もう一方の手で押し出される。
息のかかる距離での応酬。
身体を捻る要領で突き出されたライターが脇を過ぎ去る。
だが、そこから引き払われたことで先端が腹部を掠めた。
横から抵抗感が入ってくる。
摩擦で鉄の皮膚が削れ、そのときの鋭い金属音が絹を裂くような悲鳴となって聞こえた。
線状の引っ掻き傷が残る。
幸いにも、すんでで身を引いていたので傷は浅かった。
切断にも使えるのは確かに便利だ。
ナイフより遥かに携帯性にも優れている。
使い勝手としてはこれ以上ない。
すぐさま上から入ってきたのにも、今度は余裕を持って避けられる。
しかし、それをするほど私は男から距離を取らされた。
刃物のような取り回しで振られるそれに牽制され、なかなか近づくことができない。
さっきから積荷や鉄柱などの障害物を利用して位置取りを入れ替えようと動くが、上手くいかない。
「あれ?」
障害物で視界を遮られた一瞬の間に男の手の中からライターが消えている。
手放した、訳ないし。
多分服の袖に隠しているのだろう。
そう当たりをつける。
隠せる場所と言ったらそれくらいしかなかった。
何も持っていないことを強調するように開いた両手を上げて、こちらに寄ってくる。
一歩前に出る度に白いケーブルが揺れていた。
どっちだ。
左右を目が行き来する。
私から見て右の袖口。
重みで布が不自然に下がっている。
案の定、その袖口からライターが取り出される。
振り下ろされたところをがっしりと掴んで取り押さえた。
両肩に力が入る。
捕まえた。
そう確信した直後、ライターを持っていないもう一方の手が反対側から私の頭に被せられた。
脳裏によぎるのは友人の最期の姿。
男に触れられた瞬間、身体が破裂し、見るも無惨な肉塊に変えられた。
それが今の自分と重なる。
ライターばかりを警戒させられた後でこれだもんな。
肉の焼ける匂いがした。
脳みそがシェイクされる感覚。
身体がのけぞるままに宙を舞う。
髪の毛が遠心力で波を描くようにばらけている。
前髪が目にかかったときにそれが分かった。
頭から引っ張られているみたいだ。
こうなると、ぶつかると分かっていてもどうしようもない。
川で溺れる子供のように腕を限界まで前に伸ばして掴む仕草をする。
頭は辛うじて持ち上がったが、そのときには背中を強打していた。
「っ・・・・・・は」
肺の空気が押し出される。
懸命に噛みしめていた上下の歯が僅かに浮き上がった。
立ち眩みがする。
手足もしびれているようだ。
身体が痙攣する様が、釣り針に突き刺すときの虫の動きを彷彿とさせる。
なんて言ってる場合じゃないか。
まだ少し意識の混濁が見られる。
軽い脳震盪を起こしたかもしれない。
体の頑丈さに救われた。
普通の人ならとっくに木っ端微塵だ。
この身体を有り難がることになるとは。
男の身体がなんらかの性質を伴って変容しているだろうことは最早疑う余地のない。
問題は使っている力の正体。
だけどそれも、ようやく見えてきたかな。
「・・・・・・水蒸気・・・爆・・・発か」
口が回らず、ぶつ切りになっていた。
ショート寸前の脳を酷使して知恵を絞りだす。
化学の専門的知識があるわけじゃないけど。
爆発や高熱というキーワードから紐づけていった結果そこに行き着いた。
水は急激な温度差に晒されると爆発を起こす。
人の身体の半分以上は水分だ。
その理屈でいけば人体を爆発させるのも容易だろう。
確か水蒸気爆発が起きる条件に直接熱源と接している必要があったはず。
だから、手で触れる必要があるんだ。
次触れるのを許したら終わりだと思っていいだろう。
思えば、両親の殺された現場の痕跡も衝突というより爆発に巻き込まれたようだった。
爆発物を隠し持っていた訳ではなく、あいつ自身が爆発物。
とそこで明確に一本集中が切れる。
「・・・・・・・・・・・・」
頭から蒸気が燻る。
余熱で体内の水分が気化しているのだろう。
半開きの口から魂が抜け出ていくようだ。
しんどいなぁ。
倦怠感が私を襲う。
もう一歩たりとも動きたくなかった。
けれど、泣き言は出てこない。
警察に任せてしまえば良かった。
でも、それをしなかったのは他ならない自分の身勝手。
これは私が望んだことだ。
なぜそんなにきつい練習をするのかと聞かれたら上手くなりたいからと答えるしかない。
それと同じことなのだろう。
ただの私怨。
誰に頼まれた訳でもない。
さっきので、くしゃくしゃになった髪の毛に背中をくすぐられる。
それに、髪を結んでいた片側のゴムだけ外れているのが無性に気になった。
・・・・・・うっとうしいな。
もう片方の無事な方のゴム紐に指を通す。
そのままゆっくりと両反対から引き伸ばし、強引に腕力に任せてブチっと引きちぎる。
これで良い。
両足の幅を広げる。
もう背中を離しても、ぐらつかなかった。
腰を捻り、肩から持ち上げる。
余分な力を抜き、息を短く吐いた。
衝撃が返る。
これまで叩かれ凹まされた分が戻ろうとして反発力を生む。
それを推進力とし、拳骨が押し出された。
筋繊維が傷つくほどに太くなるように。
ここ最近、立て続けに降って湧いたしんどい瞬間の数々(かずかず)を、
このときだけはモノにした気になれた。




