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宮廷裁判が開かれたのは、春の嵐が過ぎ去った穏やかな朝だった。
王宮の大裁判廷は、壁面に法の女神の浮き彫りが施された荘厳な空間だ。正面の高座には国王が座り、左右に王室評議会の大臣たちが並ぶ。傍聴席には主要な貴族や外交官が詰めかけ、立ち見が出るほどの盛況だった。
フィオナはグラント伯爵の隣の席に座っていた。緋色のドレスではなく、深い紺色の落ち着いた装い。これは勝利を誇る場ではない。一つの不正に終止符を打つ場だ。
被告席にヴァレリア・モンフォールが立たされた。
三日前に拘束されてから、ヴァレリアの顔はやつれていた。しかしその翡翠の瞳にはまだ光が残っている。最後の最後まで、何とかなると思っているのかもしれなかった。
「ヴァレリア・モンフォール。貴殿に対する容疑は以下の通り」
裁判長を務める法務大臣が朗々と読み上げた。
「一、聖女の力を偽る魔道具の使用による王家への詐欺。二、ヴァランティーヌ商会の商品への毒物混入を教唆した殺人未遂。三、商人ギルドを通じた不正な営業妨害の指揮。以上三件について、証拠の提示と弁明を行う」
証拠が次々と提示された。改造された魔道具の現物が法廷に持ち込まれ、王宮の魔道具鑑定官が「聖女の力とは無関係の、光と温熱を発する装置に過ぎない」と証言した。
モンフォール家の財務記録が読み上げられ、金貨一万枚を超える借金の実態が白日のもとに晒された。傍聴席がどよめいた。
毒物の分析結果と購入記録が示され、モンフォール家の使用人が王都の薬種商から毒を購入した証拠が確認された。
ヴァレリアは最初のうち、虚勢を張っていた。
「これは陰謀です。ヴァランティーヌ家がわたくしを陥れるために捏造した証拠です」
しかし証拠の山の前に、その主張は空疎に響いた。鑑定官も薬種商も、ヴァランティーヌ家とは無関係の第三者だ。捏造の余地がない。
「それに、モンフォール家の借金はわたくしの責任ではありません。父が——」
「モンフォール侯爵については別途審議する。今問うているのは、貴殿自身の行為だ」
法務大臣の冷静な声が、ヴァレリアの弁明を遮った。
最後に、ヴァレリアの表情が崩れた。完璧な仮面がひび割れ、その下から怯えた少女の顔が覗いた。
「わたくしは……ただ、家を守りたかっただけです。父が借金で首が回らなくなって、このままでは家が潰れると。殿下に近づけば何とかなると父に言われて……」
法廷が静まり返った。ヴァレリアの目から涙がこぼれた。
フィオナはその涙を見つめた。同情はしない。毒物混入は命に関わることだ。許されることではない。だが、追い詰められた人間の弱さを、フィオナは否定できなかった。
判決が言い渡された。
モンフォール侯爵家は爵位剥奪。領地は王家に没収。侯爵自身は詐欺と教唆の罪で投獄。
ヴァレリア・モンフォールは、聖女詐称と毒物混入教唆の罪で、王都郊外の修道院への永久蟄居。二度と社交界に姿を現すことは許されない。
ヴァレリアが近衛兵に連行されるとき、一度だけ振り返った。視線はルシアンを探していた。しかし傍聴席にルシアンの姿はなかった。
彼女を見届ける者は、誰もいなかった。
裁判の後、フィオナは法廷の外の回廊で、ギルベルトと並んで歩いていた。
「終わったわね」
「ええ」
ギルベルトの声には達成感よりも疲労が滲んでいた。この数ヶ月、十六歳の少年が背負ってきた重荷は、傍から見る以上に大きかったはずだ。
「ギルベルト。本当にありがとう。あなたがいなければ、この結果はなかった」
「僕は情報を集めただけです。戦ったのは姉上です」
「一人では戦えなかった。マティアスさんも、リュシエンヌも、テオも、あなたも。みんながいたから」
回廊の窓から、春の陽光が差し込んでいた。桜に似た花が宮廷の庭に咲いている。
「姉上、一つだけ聞いていいですか」
「何?」
「ルシアン殿下のことは、もう——」
「もう何も感じないわ」
フィオナは微笑んだ。嘘ではなかった。
「ただ、少しだけ。あの人がもう少し強い人だったら、こんなことにはならなかったのにと思うだけ」
ギルベルトは黙って頷いた。姉の横顔に、もう過去の影はなかった。
裁判の結果とは別に、ルシアンへの処分も国王から下されていた。王位継承権の大幅な制限。実質的に、ルシアンが王位に就く可能性はほぼなくなった。
フィオナはそれを聞いても、特に何も感じなかった。ルシアンの物語は、もうフィオナの物語とは交わらない。
前を向く。それだけだった。




