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フィオナの反撃は、誰も予想しなかった形で始まった。
まず、ヴァランティーヌ公爵家が管理する五本の主要街道について、通行料の全面改定を発表した。これまで名目程度だった料率を、正当な市場価格に引き上げる。公爵家の権限内で行える、完全に合法な措置だった。
ギルベルト経由で父レオポルドを説得したのは三日前のこと。公爵は最初こそ躊躇したが、毒物混入の報告を聞いて顔色を変えた。
「娘の命に関わる妨害をされてなお、王家に奉仕し続ける義理はない」
公爵の決断は速かった。翌日には街道管理局に通達が出され、通行料は即日改定された。
影響は劇的だった。王都への物資輸送コストが一気に跳ね上がり、商人たちは悲鳴を上げた。特に王宮への食料納入業者は、利益が吹き飛ぶ水準の通行料に直面した。
同時に、フィオナは独立商業連合に働きかけた。
「王都への出荷を一時停止してほしい」
グラント伯爵との書簡のやり取りで、フィオナは提案した。連合に参加する七つの領地は、小麦、肉、野菜、果物など王都の食卓を支える農産物の主要な供給元だ。そのすべてが出荷を止めれば、王都の市場は空になる。
「しかしフィオナ嬢、これは民衆を巻き込むことになる。王都の庶民が困る」
グラント伯爵の懸念はもっともだった。フィオナはそれを承知の上で答えた。
「一週間です。一週間だけ止めれば十分。民衆が実際に被害を受ける前に、王家は動かざるを得なくなります。商品が消えた棚を見れば、この国の物流がどれだけ脆いか、国王も理解するはずです」
「一週間で決着がつくと?」
「つけます。これは脅しではなく、交渉の席につかせるための手段です」
グラント伯爵は長い沈黙の後、同意した。連合の七領主が一斉に王都への出荷を停止。通行料の引き上げと合わせて、王都の物流は事実上の麻痺状態に陥った。
三日目。
王都の市場に異変が現れ始めた。野菜の価格が二倍に高騰し、小麦粉は品切れが続出。肉屋の棚は半分が空になった。主婦たちが不安げに市場を行き交い、商人たちは仕入れ先に怒鳴り声を上げている。
噂が広まった。
「ヴァランティーヌ商会を潰そうとした独占令のせいで、物が入ってこなくなったらしい」
「王子の新しい婚約者がきっかけだって話だ」
「いい迷惑だよ。庶民の食卓を何だと思ってるんだ」
民衆の不満は、想像以上の速度で王家に向かった。
五日目。
国王フリードリヒ三世は、執務室に財務大臣と外務大臣を呼んだ。
財務大臣が蒼白な顔で報告した。
「陛下、王都の食料備蓄は残り十日分です。このまま物流が止まれば、来週には配給制を敷かなければなりません」
外務大臣が続けた。
「ノルディス公国から再度の抗議が届いております。通商条約の不履行を理由に、貿易協定全体の見直しを示唆する内容です。これは深刻な外交危機です」
国王は額に手を当てた。事態がここまで悪化するとは想像していなかった。独占令は息子とその婚約者の進言に従って出したものだ。一商会を排除するだけの簡単な措置だと思っていた。
「ルシアンを呼べ」
第二王子が執務室に入ってきた。父の厳しい表情を見て、ルシアンの顔が強張った。
「ルシアン。独占令の件だが、この事態をどう収めるつもりだ」
「それは……ヴァレリアと相談して——」
「ヴァレリアと相談? お前は王子だ。婚約者の言いなりになって国政を誤るなど、あってはならんことだぞ」
国王の声が低く、鋭くなった。ルシアンは何も言い返せなかった。
「独占令は撤回する。だがそれだけでは済まない。ヴァランティーヌ商会——いや、フィオナ・ヴァランティーヌに対する一連の妨害について、事実関係を調査する。ルシアン、お前にも聞きたいことがある」
「聞きたいこと……」
「ヴァレリア・モンフォールについてだ。あの娘の聖女の力は、本物なのか」
ルシアンの顔から血の気が引いた。その反応を見て、国王は確信した。息子は薄々気づいていたのだ。
「もういい。下がれ」
ルシアンが退室した後、国王は独りで窓の外を見つめた。王都の街並みは普段と変わらないように見えるが、市場の棚は空に近い。自分の判断の誤りが、民を苦しめている。
「フィオナ・ヴァランティーヌ……」
国王はその名を呟いた。かつて息子の婚約者だった公爵令嬢。あのとき謁見の間で見せた微笑みの意味を、国王は今になって理解し始めていた。
あれは諦めの笑みではなかった。覚悟の笑みだったのだ。




