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報告書の配布を始めて一週間。フィオナの予想を超える速さで、反応が返ってきた。
最初に動いたのはグラント伯爵だった。
ルミエールの商会に自ら馬を走らせて訪れた伯爵は、五十代の穏やかな紳士で、銀混じりの顎鬚を蓄えた温厚な風貌をしている。
「フィオナ嬢、報告書を拝読しました。見事な分析です」
「恐れ入ります、伯爵。お忙しい中お越しいただき——」
「忙しいなどと言っている場合ではありません。この独占令は我が領地にも直接影響する。あなたの商会の保存食は、冬場に我が領民の食卓を支えていた。それが止まれば、春までに食料不足が深刻化しかねない」
グラント伯爵は評議会で反対意見を述べた人物だ。しかし一人の反対では大勢は変わらない。フィオナが必要としているのは、数の力だった。
「伯爵、率直に伺います。同じように考えている領主は他にもいらっしゃいますか」
「何人かは。ただし、王家に正面から逆らうことには躊躇している者が多い。証拠がなければ動けない」
「証拠なら、この報告書にあります。数字は嘘をつきません」
「数字だけでは心は動かん。だが——」
グラント伯爵はフィオナの目をまっすぐ見た。
「あなた自身が彼らの前で語れば、話は別だ。私が場を設けよう。ルミエール近隣の領主たちを集める会合を」
五日後、ルミエール郊外のグラント伯爵の別邸に、七人の領主が集まった。
いずれもルミエール周辺に領地を持つ中小貴族で、ヴァランティーヌ商会と直接・間接に取引があった者たちだ。長テーブルを囲む彼らの表情は、不安と警戒が入り混じっている。王家の命令に背くことへの恐れと、自領の経済が打撃を受けることへの危機感。
フィオナは報告書を一人一人に配り、壇上に立った。
「お集まりいただきありがとうございます。本日は、王国内交易独占令が皆様の領地にどのような影響を及ぼすか、数字を元にご説明いたします」
フィオナは一つ一つの数字を丁寧に解説した。前世の藤野真奈美はプレゼンテーションが得意だった。大事なのは情報を並べることではなく、聞き手の利害に結びつけて語ること。
「ベルモン子爵。あなたの領地では昨年、小麦の余剰生産が三百袋ありました。そのうち百二十袋を我が商会が買い取り、保存食の原料としています。独占令が続けば、この百二十袋の行き先がなくなります」
ベルモン子爵が顔を曇らせた。
「ロシュフォール男爵。あなたの領地のガラス工房には、我が商会が月三百本の瓶を発注しています。この受注がなくなれば、工房は三人の職人を解雇せざるを得ません」
ロシュフォール男爵が唇を噛んだ。
フィオナは七人全員の領地について、具体的な影響を数字で示した。漠然とした不安ではなく、自分の懐に直結する数字を突きつけられた領主たちの表情が変わっていく。
「私が提案したいのは、独立商業連合の結成です」
フィオナの声に力がこもった。
「参加する領主は、独占令に対する共同の嘆願書を王室評議会に提出します。同時に、連合として我が商会との取引継続を宣言していただきたい。法的には、独占令の適用範囲には解釈の余地があります。領主の裁量で自領内の取引を管理する権限は侵害されていない、という立場を取ることが可能です」
「しかし、それは王の命令に背くことになるのでは——」
「背くのではなく、法に基づいて異議を唱えるのです。レグランド王国は法治国家です。王も法の下にある。その原則に則って行動することは、反逆ではなく忠誠の表明です」
沈黙が落ちた。やがてグラント伯爵が最初に口を開いた。
「私は賛同する」
続いてベルモン子爵。
「我が領地も参加させてもらおう」
一人が立てば、二人目は楽になる。三人目、四人目と手が上がり、最終的に七人全員が独立商業連合への参加を表明した。
会合を終えた夜、フィオナはグラント伯爵の別邸の廊下で一人、壁に背を預けて目を閉じていた。
緊張が解け、どっと疲労が押し寄せてきた。プレゼンの間は気が張っていたが、終わってみれば膝が笑いそうだった。
「お疲れ様」
リュシエンヌが温かい茶を持ってきた。フィオナは受け取り、ひと口すすった。
「ありがとう。うまくいったわ」
「あんたのプレゼン、大したもんだったぞ。あの頑固そうな領主たちが次々と手を上げた」
「数字の力よ。感情に訴えても人は一時的にしか動かない。でも自分の財布に関わる数字を見せれば、長く動き続けてくれる」
リュシエンヌは笑った。
「あんたは本当に商人だな。でも、そういうところが好きだぜ」
フィオナも笑い返した。この半年で一番頼もしい仲間だと思った。
同じ頃、ノルディス公国から正式な声明が発表された。「ノルディス公国はヴァランティーヌ商会との通商を継続する。レグランド王国の国内法は尊重するが、二国間の通商条約は国際法に基づくものであり、一方の国内命令によって無効化されるものではない」
アレクシスの名前で発表されたその声明は、外交文書としては極めて強い調子のものだった。王都に衝撃が走った。
独立商業連合の結成とノルディスの声明。二つの圧力が同時に王家にのしかかる。フィオナの反撃が、本格的に始まった。




