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三日三晩、フィオナとマティアスは帳簿と格闘した。
テオも加わり、三人が事務室の机を囲んで数字を積み上げていく。食事はリュシエンヌが運んでくる簡素なパンとスープだけ。睡眠は交代で二時間ずつ取った。
フィオナが作成しようとしているのは、ヴァランティーヌ商会が王国経済に与えている影響の包括的な分析報告書だった。
まず、直接的な雇用。商会の従業員二十三人に加え、仕入れ先の農家十二軒、ガラス工房二軒、原料の薬草を採集する業者三軒。間接的に商会の事業で生計を立てている人間は百人を超える。
「この百人が一斉に収入を失えば、その家族を含めて四百人以上の生活に影響が出ます」
次に、物流への貢献。ヴァランティーヌ商会の荷馬車は毎週ルミエール周辺の村を巡回しており、その際に保存食だけでなく他の商人の荷物も運搬する非公式の配送網が出来上がっていた。商会が止まれば、この配送網も止まる。
「周辺十五の村への物資供給が滞ります。特に冬場は、うちの巡回がなければ生活必需品の入手すら困難な村が三つある」
さらに、税収への影響。商会が支払っている営業税、通行料、不動産税の合計は年間金貨八十枚。加えて従業員たちの消費が生む間接税収を考慮すれば、商会の存在がルミエール市に落とす税収は年間金貨百二十枚と推計された。
「ルミエール市の年間税収がおよそ金貨千枚ですから、うちだけで一割以上を担っている計算です」
マティアスが最後の数字を書き込み、ペンを置いた。
「恐ろしい子だ。半年で地方都市の税収の一割を支えるようになるとは」
「恐ろしいのは数字の方です。この報告書が示しているのは、独占令が商会を潰すだけでなく、ルミエール経済に甚大な打撃を与えるということ」
フィオナは報告書の最終ページに、試算結果をまとめた。
独占令が三ヶ月続いた場合の影響予測。雇用喪失百人以上。周辺村への物資供給途絶。ルミエール市の税収一割減。農家十二軒の収入激減。さらにノルディスとの通商条約が履行不能となることで、外交関係にも亀裂が入る。
「これを誰に見せるかが問題だな」
マティアスが言った。
「国王に直接届けるのは難しい。王室への陳情は手続きが煩雑で、ヴァレリアたちに握り潰される可能性が高い」
「だから国王には届けません」
フィオナの目が光った。
「この報告書は、独占令で損害を被る人々に配ります。地方領主、農家、周辺の村長、ルミエールの商人たち。王家が何をしようとしているのか、そしてそれが自分たちにどう影響するのかを、数字で見せる」
テオが目を丸くした。
「つまり、世論を動かすってことですか」
「そう。王は民の声を無視できない。特に地方領主が一斉に反発すれば、評議会も動かざるを得なくなる」
リュシエンヌが階下から声を上げた。
「フィオナ、客だ。しかもノルディスの——」
事務室の扉が開き、アレクシスが入ってきた。旅装束のまま、息を切らしている。独占令の知らせを受けて急遽駆けつけたのだ。
「フィオナ、大丈夫か」
「大丈夫よ。対策は立てている」
フィオナは報告書をアレクシスに見せた。アレクシスは頁をめくりながら、数字を素早く読み取っていく。やがて顔を上げた。
「見事な分析だ。だが、これだけでは足りない」
「分かっている。だから、あなたにも協力してほしい」
「具体的に何を」
「ノルディス公国として、ヴァランティーヌ商会との取引継続を公式に表明してほしい。独占令はあくまでレグランド国内の商人に対するもので、外国との取引を禁じる法的根拠はない。ノルディスが公式に声明を出せば、この命令が国際問題に発展することを王家に認識させられる」
アレクシスは腕を組んだ。
「それは我が国の外交姿勢を明確にすることを意味する。レグランドとの関係悪化のリスクもある」
「承知しています。だからこそ、お願いしているのです」
二人の視線が交わった。事務室の中に、張り詰めた空気が流れた。
アレクシスは数秒の沈黙の後、頷いた。
「分かった。本国に打電する。ノルディス公国はヴァランティーヌ商会との通商を継続する。それが我が国の国益に合致するという立場を、公式に表明する」
フィオナは深く頭を下げた。
「ありがとう、アレクシス」
名前を呼んだことに、二人とも気づいた。けれどどちらも、それを指摘しなかった。今はそれどころではない。
帳簿と外交。二つの武器を手に、フィオナは王家との正面衝突に踏み出そうとしていた。




