9.夜空のドレス
ヘルガは足取りも軽く、庭の隅にある小さな祭壇と墓所へ向かっていました。亡き母ヨハンナに、舞踏会への参戦を決意したことを報告するためでした。
ハシバミの木の下に佇み、ヘルガは静かに手を合わせました。
「お母さま、私は必ずや舞踏会へ赴き、自らの手で未来を掴み取ってみせます。どうか天から見守っていてください」
祈りの最中、ヘルガの研ぎ澄まされた感覚が、ハシバミの梢に何かがとまったような微かな気配を捉えました。ふと見上げれば、そこにはつがいの真っ白なハトが姿を現していました。互いに寄り添いながら、きょろきょろとあたりを見回しています。
まあ、お母さまも私のこの新たな挑戦を、祝福してくれているのかしら。
カモフラージュの灰をまとったまま、完全に気配を殺してそんな愛らしいことを考えるヘルガ。しかし次の瞬間、二羽のハトは枝から飛び立つと、母ヨハンナの墓跡の石碑の上に、ちょこんと止まったのです。
「シッ!」
刹那、ヘルガの口から鋭い呼気が放たれ、同時にその両手から二つの小石が電光石火の速さで射出されました。大気を震わせた石弾は、寸分の狂いもなく二羽のハトを正確に射抜きました。ばさばさと短い羽音がして、獲物が地面に転がります。
「お母さまの高貴な墓石に、そのような薄汚い足で直接止まろうとは、無礼千万。不敬だわ」
ヘルガは冷徹な狩人の目で呟き、ハトを拾い上げました。しかし、その真っ白な美しい羽根を見つめていた時、彼女の脳裏に電撃のような閃きが走りました。
祭壇の奥に隠された、母の形見のドレス。十年以上前の古い型で色褪せたコタルディですが、これまでアンナに叩き込まれ、義姉たちのために磨き続けた刺繍の腕、そしてこの純白の羽根を使えば、見事な戦闘服へと修復できるのではないかと思いついたのです。
「ありがとうございます、神様。これこそが、私が長年培ってきた忍耐に対する正当な報酬なのですね」
ヘルガは胸を高鳴らせながら、数年ぶりに祭壇の奥から紺色のドレスを取り出しました。やはり月日の流れは残酷で、襟や袖口は擦り切れたようにほつれ、虫に食われたのかところどころに小さな穴が開いていました。
しかし、今のヘルガにとってそれは些細な問題でした。彼女はまず、義姉たちのドレスを補修した際にくすねておいた金糸を使い、虫食いの穴を丁寧に、かつ頑丈に塞いでいきました。
さらに、経年劣化で線上に走る色褪せの部分には、赤や黄色の色鮮やかな余り糸を駆使し、数々の可憐な花々の刺繍を施していきます。
そして、最も痛みが激しくほつれていた襟元や袖口には、丁寧に血を洗い流して乾かした、ハトの純白の羽根を一枚一枚、強固な細糸で隙間なく縫い付けていきました。
「ふふふ、素晴らしいわ。こんなドレス、王都の気取ったどんな仕立て屋だって、逆立ちしたって作れはしないわね」
数日間の極秘の突貫作業の末、完成したドレスを掲げ、ヘルガは満足げに微笑みました。
もともとは地味だった紺のコタルディには、縦横無尽に走る金糸によって、まるで満天の夜空のごとく美しい星々が描かれ、腰から足元にかけては力強い花々が咲き乱れていました。そして、金糸で補強された袖口や襟元には、ふんわりとした純白の羽根があしらわれ、あたかも地上に舞い降りた気高き天使のようでした。
ヘルガは再びそのドレスを祭壇の奥へと大切に隠すと、何事もなかったかのように、やり残した膨大な家事へと戻っていったのでした。
⭐︎リアリズムポイント⭐︎
原作では、ドレスや靴はこの白い鳩が持ってきたり、魔法使いが出してくれます。
鳩をハントしてドレスの素材とするのは、リアリズム版のサンドリヨンだけです。そこには奇跡も魔法もありません。




