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シンデレラ・リアリズム  作者: Aschenputtel
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8.サンドリヨン

トマスが世を去ってからさらに数年の歳月が流れ、ヘルガは十六歳の美しい娘へと成長していました。しかし、その美しさは宮廷の令嬢たちが持つような、ひ弱で儚いものとは根底から異なっていました。


「シッ!」


早朝の凍てつく庭園に、鋭い呼気が響きました。ヘルガのしなやかな手から目にも留まらぬ速さで放たれた小石は、大気を切り裂き、寸分違わず梢にとまっていた野鳥の首へと吸い込まれました。鈍い音と共に頸椎を完璧に破砕された獲物が、音もなく地面に落ちます。ヘルガはそれを手際よく拾い上げました。


「このところ、ハトも少なくなったわ。私の気配の断ち方が、まだ甘いのかしら……」


小さくため息をつきながら、煤と灰で汚れた襤褸の袖で額の汗を拭っていると、開け放たれた二階の窓から、義姉たちがいつもよりいっそう楽しげに談笑する声が聞こえてきました。


「舞踏会では、お母様に頼んで一番素晴らしいドレスを用意してもらいましょう。いくら田舎の小国とはいえ、ルートヴィヒ王子に見染められれば、こんな退屈で貧乏臭い屋敷の生活ともお別れだわ」


「ふふふ、マリエル姉様ったら、まるで自分が見染められるのが確実みたいに言うのね。教養では姉様に負けても、フランス仕込みのダンスの腕前だったら、私だって負けないんだから」


「まあ、言うじゃない。じゃあ、どちらかが見染められたら、残った方を側妃として王宮へ推薦するというのはどうかしら」


「いいわね、マリエル姉様。私たちシャリエール姉妹が力を合わせれば、こんな神聖ローマ帝国の芋くさい令嬢など、誰一人として敵ではないわ」


その会話が耳に届いた瞬間、ヘルガの深い緑の瞳に鋭い光が宿りました。彼女の脳裏には、かつて庭の小さな祭壇の奥に隠した、トマスの最後の手紙の文言が鮮烈に蘇っていました。

チャンスがあれば絶対逃さないよう。お嬢様の幸せを願っています。


「トマス……あなたが言っていたチャンスとは、まさにこのことなのね」


不条理に耐え忍ぶ日々は、今日この時のためにあったのだと確信したヘルガは、仕留めた獲物を隠すと、すぐさまエレオノールの部屋へと向かいました。

ノックもせずに重い木扉を押し開けると、部屋の奥では継母のエレオノールが机に向かって何かの返書を書いていました。そして、もう片方の手で、一通の美しく折り畳まれた羊皮紙を暖炉の残り火の中へ投げ入れようとしていたのです。

ヘルガの全身のばねが、爆発的な速度で駆動しました。カモフラージュの灰をまとった彼女の体は、文字通り電光石火の速さで暖炉の前へと滑り込み、羊皮紙がパチパチと音を立てる炭火に着火する寸前で、その指先が紙を拾い上げていました。


「サンドリヨン! なんですか、ノックもせずに無礼な!」


エレオノールの鋭く甲高い叱責が室内に飛びましたが、ヘルガはそれを完全に受け流し、手元に確保した羊皮紙へ素早く目を通しました。

そこには、美しい金泥の文字で、この館の正式な相続人である、ヘルガ・フリューゲル宛ての舞踏会への招待状と記されていました。


「失礼いたしました、お義母様」


ヘルガは立ち上がると、手に持った招待状を軽く掲げて涼やかに言いました。


「しかし、我が国のハインリヒ国王陛下の名において直々に発行された招待状を、うっかり燃やして灰にしてしまうなど、国家に対する翻意ありと捉えられてもおかしくはありませんわ。私は当家の不祥事を未然に防ぎ、由緒ある淑女としてフリューゲル家の威信を守ったまでです。……何か問題でも?」


「な、なんですって……?」


エレオノールは完璧な論理で返され、屈辱と驚きで言葉に詰まりました。いつの間にか、目の前の娘が自分より遥かに背が高くなり、襤褸をまとっているにもかかわらず、圧倒的な存在感を放っていることに気付いたからです。

ヘルガは怯む様子もなく、エレオノールの机の上にあった高級な羽ペンを当然のような手つきで勝手に取ると、招待状の受領欄に流麗な文字で自身の署名を刻みました。そして、それを懐にしっかりと仕舞い込み、そのまま部屋を去ろうとします。


「待ちなさい、サンドリヨン!」


背後から、エレオノールの引きつった鋭い声が響きました。


「何か御用でも?」


振り返ったヘルガの深い緑の瞳は、もはやかつてのエレオノールが知る、おとなしく従順でか弱い少女のものではありませんでした。

それは、トマスによって戦場の極意を叩き込まれ、過酷な家事で極限まで鍛え上げられた歴戦の騎士か、あるいは夜の森を支配する大型の肉食獣だけが持ちうるような、本物の威圧感と強者の風格を放っていました。


「いいえ……なんでも、ありませんわ」


エレオノールはヘルガの眼光に完全に気圧され、思わず椅子の背に体を深く沈めて声を絞り出すのが精一杯でした。


「それでは、失礼いたします」


今度こそヘルガは、驚愕と恐怖に震えるエレオノールの部屋を悠々と後にしました。その足取りは、これから始まる自らの戦場を見据えるように、力強く、そして揺るぎない自信に満ちていました。

⭐︎リアリズムポイント⭐︎

シンデレラのグリム童話での表記はアシェンプッテル。ペロー版ではサンドリヨン。どちらも灰かぶりちゃん、という蔑称です。シンデレラはペロー版のサンドリヨンが英語圏に伝わる過程で成立した名称です。原文にはサンドリヨンの実名は記載されていません。

継母や義姉はフランス人なので、サンドリヨン呼びと思われます。

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