5.生きる術
ヘルガが給仕の仕事を始めてからしばらく経った、ある日の午後のことでした。薄暗い厨房で作業をしていたヘルガのもとへ、突然エレオノールからの呼び出しが告げられました。
ヘルガが食堂へ向かうと、そこにはカミラが冷や汗を流しながら給仕を務める食卓があり、優雅に温かい茶をすするエレオノールの姿がありました。エレオノールは音もなく磁器のカップをソーサーに下ろすと、低く、冷え切った声で静かに言いました。
「縫い物の件と言い、食事の制限の件といい、どうしてこうもこの屋敷の使用人は主人に対して反抗的なのかしら。実に見苦しいわね」
その言葉にカミラがびくりと肩を震わせ、張り詰めた空気の中で、彼女が持つ銀のティーポットが小さくかちゃりと頼りない音を立てました。エレオノールは歪んだ笑みを浮かべ、さらに言葉を重ねます。
「わたくしが何も知らないと思ったら大間違いよ。娘のマリエルから、あなたが厨房で誰に何を施しているか、すべて報告は受けているわ」
ヘルガの背中に嫌な予感が走りました。エレオノールがこのように意味ありげに唇を歪めて笑う時は、いつも何か恐ろしい不穏なことを思いついた時だと、これまでの経験から嫌というほど分かっていたからです。
「カミラ、わたくしの高尚な教育方針を守れないような、使用人として不適格なあなたには、この屋敷から出て行ってもらいます。つまり、暇を出します」
カミラの顔から血の気が引き、表情が完全に抜け落ちていきました。それを見たヘルガの胸は激しい自責の念に染まり、息が詰まりそうになりました。自分がカミラの優しさに甘えてスープをいただいたせいで、大切な人を窮地に追い込んでしまったのだと気付いたからです。青ざめる二人を見て、エレオノールは楽しげに扇を弄びました。
「ですが、わたくしも悪魔ではございません。あなたが夫の忠実なる古株の使用人であったという過去の功績を鑑み、今すぐ叩き出すようなことはせず、暇を出すまでに一年の猶予を設けましょう。その一年を使い、次の新しい働き口でも見つけなさいな。これ以上の慈悲はありませんよ」
エレオノールが勝ち誇った足取りで食堂から立ち去ると、ヘルガは堪えきれずに涙をいっぱいに溜めながら、カミラのもとへと駆け寄りました。
「ごめんなさい、カミラ……! 私のせいで、私のせいであなたがこんな目に……!」
カミラは床にこぼれそうになるヘルガの涙をそっと指先で拭うと、まるで実の母親のような温かく慈愛に満ちた表情でヘルガの頭を撫で、ゆっくりと首を振りました。
「いいえ、お嬢様。決してご自分を責めてはなりません。これはお嬢様のせいではございません。あの女は……あの女はいずれ、お嬢様にとって有益な味方となる使用人を、一人、また一人とすべて剥ぎ取るつもりなのです。
前奥様の子であるお嬢様を完全に孤立させ、精神的に貶めるために、最初から計画していたことに違いありません」
カミラはエレオノールが去っていった扉の方向を忌々しげに睨みつけ、それから再びヘルガに向き直ると、その瞳に見たこともないほどの強い決意の光を宿しました。
「お嬢様、この先私たちが誰もいなくなり、お嬢様が一人きりになろうとも、決して飢えず、力強く生き残るための生存の手段を、この一年をかけてすべてお教えいたします。あの女の思い通りにされてなるものですか」
カミラはヘルガの両肩を掴み、一言一言を刻み込むように語りかけます。
「庭にあるハシバミの実を長期間保存する方法から、暖炉の炭や灰の残り火を使い、誰にも見つからずに素早く行う秘密の調理法。そして、旦那様が長年放置されている古い鳩小屋の管理や、ハトの卵を効率よく採取して調理する術……すべてをあなたに叩き込みます」
カミラの放つ圧倒的な真剣さと力強い眼差しに、ヘルガは涙を拭い、深く息を吸い込みました。そして、ただ守られるだけの子供ではない強固な意志をその深い緑の瞳に宿し、カミラへ向けて力強く頷き返したのでした。
⭐︎リアリズムポイント⭐︎
貴族の家には鳩小屋がある事が多く、鳩を飼育してその肉や卵を利用していました。
また、邸宅にはハシバミや梨の木が植えられる事が多く、ハシバミの木からヘーゼルナッツ、梨の木から果実を得ることができました。




