3.小工房
数週間が経ち、屋敷中の縫い物の山がようやくひと段落した、ある日の午後のことでした。料理番のアンナが、周囲を警戒するように見回しながら、ヘルガを地下のワイン蔵のさらに奥へと招き入れました。
ひんやりとした湿気と古い葡萄の香りが漂う薄暗い空間を進むと、頑丈な木扉の奥に小さな隠し部屋がありました。床の片隅には、錆びた金属の屑や、きらきらと光る厚いガラス片、そして飲み終えた厚手の古いワイン瓶が、古びた樽の中にうずたかく詰め込まれていました。
「今日は、毎日じっと耐えて頑張っていらっしゃるお嬢様に、いいものをお見せしましょうね。実はここ、このお屋敷の元の持ち主だった貴族に仕えた職人が使っていた、小さな工房なのでございますよ」
アンナはそう言って悪戯っぽく微笑むと、樽の中から手のひらほどのガラス片と、先端の尖った硬い鉱石を取り出しました。そして、ガラス片の表面に鉱石の角を強く押し当て、迷いのない手つきで一本の直線を引きました。ガリガリと硬い音が響き、白い傷の線が刻まれます。
アンナはそのガラス片をヤットコで挟むと、部屋の隅にある小さな炉でパチパチと音を立てて起こした炭火の上にかざし、ゆっくりと線に沿って温め始めました。じゅうぶんに熱が通ったのを見計らうと、今度はそれを傍らに用意した冷たい水の中へと一気に浸しました。
途端に、小気味よい音を立ててガラスに亀裂が走り、先ほど鉱石で引いた線に沿って、驚くほど真っ直ぐにぱきりと割れました。まるで手品のような不思議な光景に、ヘルガの深い緑の瞳はみるみるうちに大きく丸くなりました。
「まあ! すごいわ、アンナ。どうしてきれいに割れたの?」
「ふふふ、驚くのはまだ早いですよ。これは職人たちの知恵でございます。ですが、お嬢様への贈り物はまだまだ途中ですからね」
アンナはふいごを力強く動かし、炉の火をさらに激しく燃え上がらせました。そして、先ほど切り出したガラスの破片を再びヤットコでつまみ、炉の奥にある平らな石皿の上に慎重に置きました。
激しい熱に晒されたガラスは、次第に赤みを帯びていき、やがて表面がまるで温めた飴のように、とろりと角が丸まり始めました。赤く怪しく光るその美しさに、ヘルガが思わず顔を近づけようとします。
「お嬢様、危のうございますから、もう少し後ろへ下がっていてくださいね。火傷をしては大変です」
アンナは溶けかけたガラスを素早く火から取り出すと、固まってしまう前に、手慣れた動作で小さな金属のヘラを押し当てました。冷えてゆくガラスの表面に、流れるような美しい波の模様が刻まれていきます。
「あとは、この余熱が残る灰の中でゆっくりと時間をかけて冷やします。そうしないと、すぐに脆く割れてしまいますからね。完全に冷めたら、大きなでこぼこを細かい川砂で削り落とし、仕上げに小さな傷を松脂と錫の粉で丁寧に磨いたら出来上がりです。
街の市場で買えるような安物と同じようなものではございますが、このアンナが、お嬢様のために素敵なペンダントか髪飾りに仕立て上げて差し上げますからね」
過酷な労働に追われ、自分の時間など一切与えられなかったヘルガは、日々の疲れもすっかり忘れて、この時ばかりは十歳の少女らしい無邪気な笑顔を咲かせました。
「アンナは、まるでおとぎ話の物語に出てくる、優しい魔法使いみたいね!」
ヘルガが感嘆の声を上げると、アンナは少し照れくさそうに目を細め、ふっと息を吐きました。
「滅相もございません。ただの古い手慰み、貧乏人の生活の知恵でございますよ。さあ、奥様たちに見つからないうちに、そろそろ戻りましょう」
薄暗い地下の小工房ではぐくまれた、二人だけの小さな秘密。それは、冷酷な継母たちの目を盗んで灯された、ヘルガの心を温め続ける確かな支えとなったのでした。
⭐︎リアリズムポイント⭐︎
当時ガラスは貴重品な上に、現代の物のような透明度も無く、鉄が入り混じって青緑色。気泡も多く、厚ぼったい物でした。
少し後の世で有名になる、ベネツィアの透明なガラス、クリスタッロは超貴重品です。




