4王宮の使いが来た
あれから半年がたっていた。私は試験を受けて薬師の資格を取っていた。救護院は私にとってやりがいのある仕事場で院長は物分かりの良い優しい少しお年を召したピートと言う男性で元は教会の司教をしていた人だった。
そして私は自分に認識阻害の魔法をかけていた。これはコニアがやり方を教えてくれた。
私はそんな魔法を使った事すらなかったので助かった。
そんなある日、王宮から急ぎの使いが来た。
「アナさんに大至急王宮にお越しくださいとの要請です」
王宮の宮廷医の使いのものだった。
私は応接室に呼ばれて救護院の院長が応対をする。
「ですが、彼女は今は平民。そんな私が王宮になど」
「ですが、急ぎなんです。とにかく薬草を届けて欲しいとロイトン先生からの直々の要請なんです。お願いします」
「ロイトン先生と言えば王妃殿下のご実家でもあるキャベル公爵家の?」
「はい、ですので拒否はむりですよね?」
院長が顎のあたりを指先でさする。
私は向かいの席に座ったままそんなやり取りを聞いている。私が王宮へ?一体何の用なの?まさか治癒魔法を使ってることがばれて‥
内心そわそわしながら院長の言葉を待つ。
「わかりました。ですがくれぐれも彼女は薬草を届けるだけにして下さい。届けたらすぐに帰らせてもらえますね?」
「院長!私、行きたくありません」
「そういうわけにも行かない。でも、薬草を届けるだけだから心配ない。相手はキャベル公爵の令息だ。彼は紳士だ」
でも、王妃が死んだのは私の母のせいだって思われてるのに?危険しか感じない。
「平民が貴族に逆らうことは無理だと知ってるな?さあ、諦めて支度して薬草は準備する」
「わかりました」
頼まれた薬草は呼吸を和らげる薬草。こんなの王宮にいくらでもあるはずなのに‥
仕方がない。でも、すぐに帰ろう。
「お嬢様、ほんとに大丈夫ですか?」
一緒に働いているコニアが心配そうに声をかけた。
コニアはここでは看護係として私の補佐を勤めていて、治癒魔法を使うときなどには気づかれないようにしたりしてくれる。
「私だって驚いてるわ。でも行かない訳にも、まあ、私がディアナだってばれることもないと思うから」
「ええ、お嬢様の認識阻害魔法は完璧ですから、でも気をつけて下さい」
「わかってる」
そして使いの人と一緒に王宮に向かった。
王宮の門をくぐり案内の人について行く。
うそ。ここってアルベルト殿下の寝室じゃなかった?でも、もう今更遅い。
すぐに返事があって私は急いで中に入った。
部屋は意外にも明るかった。だが、部屋は消毒と薬草の臭いで満たされていた。すぐに私は声をかけられた。
「アナだね。呼びつけてすまない。私はロイトン・キャベル。宮廷医だ。時間がない。手っ取り早く言うと君を呼んだのは魔法を使えるからだ。殿下は見ればわかると思うがかなり危険な状態だ。もう、薬草で何とかなるような状況ではない。わかるな?」
「何をおしゃっているのです。私は薬師です。そのような事は出来ません」
私はさっと顔を逸らした。何この人。私が治癒魔法を使っていること知ってるの?って私がオールデルの娘と言う事もばれてる?どうして?心臓がバクバクする。
「今はそんな事を言っている状況じゃないって分かるだろう?噂は聞いているんだ。言い逃れは出来ないぞ。さあ、いいから一刻を有するんだ!」
噂が出回っている?
確かに何度か治癒魔法を使った。でも、みんなはあれが魔法だって気づいていないはず。
この国では薬師でしかも平民の私が患者の治療をすることは王国の医師法に反するし、治療をするには正式に宮廷医長に許可を取る必要があるのだ。
おまけに魔法を使う事に嫌悪を抱いているアルドラーゼ国だ。
それでも、救護院で医師の数は限られていて薬師が手当てをすることは当たり前になっている。それに、前に殿下に使っていた魔法はあくまで個人的なもので誰も知らないはず。なのに。
どうしよう。でも、素直に認めるわけにはいかない。
「何を仰ってるんです。キャベル医師、私は平民で魔法なんて使えません」
キャベル医師の目がすっと細まる。
「そんなごまかしが通用するとでも?君がディアナ・オールデルと分かってるんだ。魔力を持っている事も治癒魔法が使えるって事もな」
そこまでご存知とは。
「でも、どうして?私の姿は前とは違うはず」
「確かに見た目は違う。でも、殿下に救護院にいくように言われディアナとよく似たアナという名を使っていれば知っているものにはわかるはずだろう?君は魔法が使えるなら認識阻害魔法だって事も」
そう言われれば何も言えない。
「それでも勝手に私が治癒魔法を使うのは違反行為です」
「だが、殿下を死なせればそれこそ処刑も免れん!アナ、頼む。治癒魔法を使ってくれないか。だが、いいか、くれぐれも気を付けてな」
ロイトン先生は一度息を吐くと聞くなと言う顔で私を見た。そう言う訳にはいかない。
「ですが、殿下の命の保証は出来ません!」
冗談ではない。こんな関わりなど持ちたくはない。
「いいか、こんな言い合いをしている場合じゃないって君ならわかるよな?さあ、頼む。何があっても君の安全は保障するしディアナだって事も秘密にする」
保証すると言われても。
だが、言い合いをしている間もアルベルト殿下の息は今にも止まりそうなほど弱い。青白い顔。ショック状態だ。血圧も低い。
突然過去の記憶が蘇った。
“なあ、ディアナこのお茶苦手なんだ。少しはちみつを入れても良いだろう?”
少し喉が痛いと言われてつくった薬草茶が苦いと顔を顰め、それでも飲むつもりはあるんだからと言って彼は少し甘えたような声音で言った。
いつだってそうだった。彼は自分の都合のいいように持っていく。両親の不祥事だって。私という婚約者が邪魔になった。それなのにすぐに我が家に居座ったいとこのシャロンを婚約者にした。
後で知った。シャロンとは私と婚約している間から親密な関係になっていたらしい。
渡りに船だ。両親の事が無くても私は邪魔者だった。
こんな男を助けるつもり?
頭の中で悪魔が囁く。
いや、これでも私は薬師だ。目の前で苦しんでいる人がいれば誰だって助ける。
気持ちはすぐに決まった。
「わかりました。ですがこの事はくれぐれも内密にして頂かないと」
「もちろんだ。殿下が助かるならどんな約束でもする。いいから早く」
せっかちな人だ。私はそう思いながらアルベルト殿下を見ながら言った。
「あなたを信じますよ」
私はちらりとキャベル医師を見た。彼はこくりと頷いた。
と言うより私の前で苦しんでいる人を方っておけないだけ。
「ひゅぅ‥ぐ、」
細い息遣い。顔は土気色になってかなり血色が悪く顔がむくんでいる。何度か戻したらしくすえたような臭いがする。
また、誰かが死ぬかもしれない。
死の気配を感じて背筋がピリッと震えるともう、後、先の事を考える余裕がなくなった。
私は殿下に近づき寝着を広げて直にそっと胸に手を当てた。
肺の奥まで空気が入り切っていない。心臓の鼓動は弱く体温も低い。
目を閉じて丹田の辺りに魔力を集中させる。それを少しずつ細い管から流し込むような感覚で彼の身体に魔力を流し込む。
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。
アルベルト殿下が苦し気に顔を歪める。口を開いて息を吸い込み一度呼吸を止める。
じんわり薄白い光が彼の身体を覆って行くと、彼の呼吸が次第にゆっくり落ち着いて行く。
肺の中に空気が流れ込み心臓の鼓動が力を持つ。顔色に少し赤みが戻り苦しげだった顔に穏やかさが見えた。
それからもう数分魔力を込めて行くと殿下の身体の中におかしな毒らしい物がある事に気づいた。
「先生、殿下のお加減はいつ頃から悪いのでしょうか?」
「私も最近担当になったばかりだが、元々呼吸器が弱いとは知っていたがここまで症状が悪くなったのは今日の午後だと聞いている」
「もしかして飲まれている薬草が彼の身体にあってないとか言う事はありませんか?」
「だが、宮廷医はずっと彼を見てきたはず、そんな薬草があるなら既に知っているだろう」
「ですが、ここ数日使われた薬草で変わったものがないか確かめた方がいいのではないでしょうか?」
「まさか」
「ですが、相手は次期国王陛下。念には念を入れた方が‥」
「そうかもしれんな。わかった。確認してみよう」
しばらくすると殿下の容体は落ち着きを取り戻した。私はやっと身体の力を抜いた。




