27こんなつもりではなかった(キケル)
ここ数日殿下の具合は悪くなっていた。
ガイアス国王代理からは早くアルベルト殿下の息の根を止めろと急かされていた。
でも、私はガイアスのご都合主義にはこのところうんざりしていた。
まあ、彼はニコライ国王の弟で王位継承権2位の男ではあるが、何しろ欲深く自分勝手だ。
考えているのは己の私腹を肥や贅沢をする事ばかり。幼い頃から王子としてもてはやされ怒る人間などいない境遇だった勘違い男だ。
最初はしがない伯爵家の次男の新米医師の私に声をかけて来たのはガクセン財務局長だった。
たまたま王宮で具合が悪くなった彼の診察をしたのがきっかけだった。
宮廷医長を長くしていたレイモンド・ルシフェル医師は病弱だったニコライ国王にかかりきりだった。
「この国はもっと強い国にならなければならない。だが、今の病弱な国王では隣国に付け入られてしまう。レイモンドは優秀だが私は君のような優秀な医者にチャンスを与えるべきだと思っているんだ」
そんな甘い言葉に心が動いた。
それから何度かガクセン財務局長の口利きで高貴族の診療をした。
数年もすると私の名前は貴族の間で知られるようになり宮廷医の中でも格が上がって行きついには宮廷医長になっていた。
そんな時ガクセン財務局長から頼まれた。
「病弱なニコライ王の代わりにガイアス王弟を国王代理にしたいんだ。もちろん国の為にだ。だが、王妃はそれをひどく反対していてな。王妃を少し黙らせて欲しいんだが、どうだろう?」
「それはどういう?」
私はガクセン財務局長が何が言いたいのかわからなかった。
「王妃にはしばらく病になって頂きたいんだ」
「そうは言っても」
「今まで君にはずいぶん目をかけて来たはずだ。何も殺してくれとは言ってない。少し起き上がれない病にならせるだけだ。医者ならそんな薬の扱いくらい知っているだろう?」
「ですが、私はこれでも医者の端くれ。健康な人を、それも王妃陛下にそのような事をするのは‥」
言葉が詰まった。
「だが、君には散々いい思いをさせてやっただろう。私が口をきいてやったから今の地位に付けたはずだ」
「私はそんなつもりではなかった」
「それはわかっている。それに、君の妹の嫁ぎ先のドボーヌ子爵にかなり肩入れしていたそうだな」
「どうしてそれを?」
私は妹のナージャの嫁ぎ先であるドボーヌ子爵が困窮していると泣きつかれ王宮の薬草の仕入れを彼の商会に変えた。本当はドボーヌ子爵領の薬草は少し質が悪かったが、私の名を使って無理を通した。
他にも鉱山で事故が起き鉱夫が多く怪我をして救護院に運び込まれた時も泣きつかれ医者や薬師、薬の手配を優先して行った事もあった。
そんな事があったが1年前くらい前には鉱山で良質の鉱石が出るようにもなったと聞いてほっとしていた。
「私が口をきいてやった事や親族に私的流用をした事が分かればどうなる?」
「脅す気ですか?」
「人聞きが悪いな。お互い協力するべきだと言っている」
そんな事が発覚すれば私の宮廷医としての地位はあっという間に失墜する。
「どうすればいいんです?」
「しばらく王妃が起き上がれないようにしてくれればいい」
「それだけですか?」
「ああ、それだけだ」
私はそう言われて王妃陛下に黒銀草を使った。これはしびれや倦怠感、微熱も発症する毒草だ。
これはドボーヌ子爵領に自生している草で黒露草と似ている。黒露草は咳を鎮め呼吸を楽にする。
王妃は呼吸器が弱く季節の変わり目には良く風邪をひかれる。私は黒露草を使ったと見せかけて黒銀草を使って王妃の体調を少し崩した。
ガイアスは王妃が体調不良で議会を不在にしている間に多くの貴族に自分がニコライ国王の代わりをするべきだと言う心象を与えた。
そして私はそれをきっかけにガクセン財務局長の言いなりになって行った。
王妃の死も私が画策した。それもオールデル公爵夫人に罪を擦り付ける形で。
そんなつもりはなかった。でも、ガクセンに脅されてどうしようも出来なかった。
弱っていたニコライ王に最後に毒を盛ったのも私だ。
おまけに妹夫婦が恐ろしい悪事に加担している事も知って私は益々彼らの言いなりになるしかなくなった。
オールデル公爵家の乗っ取り。ディアナ嬢への仕打ちもやり過ぎだと思った。おまけに姪のシャロンがアルベルト殿下の婚約者にまでなった。
リチャード・ドボーヌは悪びれる様子もなく贅沢な暮らしをしている。おまけに妹のナージャまで公爵夫人だと夜会で豪華なドレスや宝石を纏っている姿を見ると胆が冷えた。
もし、私が王妃の死に加担していたとばれたら。それが公になったら妹や姪はどうなるのだろうと。
そして今度はアルベルト殿下を葬れと言われた。
私にはもう無理だと言った。
でも、そんな事を聞いてくれるような連中ではなかった。
私は数日前から殿下に黒銀草を使っていた。
だが、いきなりキャベル公爵家から殿下の治療を手伝いたいと申し出があり、それで宮廷医のロイトン医師がアルベルト殿下の担当に変わった。
そこは元王妃陛下の実家の公爵家。鶴の一声とでも言う力があった。
私はいつ毒草を使った事がばれるのではと怯えた。
そして昨日殿下の容体が悪化したと聞いた。でが、今すぐ殿下の命がどうにかなる程度の毒ではなかったはずだと何度も自分に言い聞かせた。
大丈夫だと。
だが、ロイトンが救護院で働く薬師を呼び寄せたと聞いてもし殿下が私の与えた薬で具合が悪くなったとでも言い始めたらと思った。悪い事をしているとどんな些細な事でも悪い方に考えが行くのだろう。
そんな時シャロンがやって来た。
シャロンは殿下が心配だと言って来た。私は咄嗟に殿下にとどめを刺すべきだと思った。
シャロンに一命を落とすほどの毒の薬包を渡した。殿下の喉にいい薬だと言ってシャロンは喜んでそれを受け取った。
そして今日、殿下が苦しんでいると護衛騎士から知らせが来た。
私はついにやったと思った。
だが、またしても平民の薬師が殿下を救ったと聞いた。
そしてコートナー法務局長が取り調べをする事になったと聞いた。
とにかく気づかれる前に誰かに罪を擦り付けなければならない。
そして一刻も早く殿下を始末しなければ。
私は持っていたカバンから毒の包みを取り出すと殿下の部屋に急いだ。




