15今日は失敗しない(シャロン)
次の日は、王宮に上がって午前中は王太子教育があった。それが終わると昼食が休憩室に運ばれて来た。食事を終えると一緒について来ている侍女のノイアにお茶の仕度をするように言った。
「お疲れさまでした。お嬢様、いつもの紅茶でよろしいですか?」
ノイアはいつものように私にお茶を淹れようとした。
「ええ、後で殿下のお見舞いに行くわ。その時私が作ったお茶を持っておこうと思うの。だからポットはそのままにして置いてちょうだい」
「それはいいお考えです。殿下もお嬢様が作られたお茶だと聞けばお喜びになられます」
「ええ、ロイトン先生は感染の危険があるから面会もだめだっておしゃるけど、お茶の差し入れは許してもらえるはずよ。それに出来れば一目殿下の姿を見るくらい許して下さるかも知れないわ」
「ええ、それはもちろん。ですが、お嬢様に病気が移ったりしたら大変です。ですので会われるのは控えるようにと言われるかもしれません」
「わかってるわ。無理にとは言わないわよ。もう、ノイアったら心配性なんだから」
私はほんの少し苛立ちを覚える。彼女はもともとオールデル公爵家の侍女だったので几帳面できっちりしている所があって私がやろうとすることにやんわり口を出した。
子爵家ではもっと気楽な生活を送ってきたせいか、何もかも決まりだと言われて自由を奪われるのが窮屈だった。
ほんとに少しくらいいいじゃないって思う。
私はノイアに自分で作りたいと言って退室を促した。それから自分一人になった部屋で叔父様に頂いた薬草でホットレモンを作ろうとした。
でも、薬草のどぎつい橙色が気になった。ホットレモンではおかしいと思われるかもしれない。
私はレモンをやめてオレンジを持って来るようにノイアに頼んだ。
薬草の粉末を入れてオレンジの果汁を混ぜスライスしたオレンジの輪切りを添えると思った以上に見栄えが良くなった。
殿下は甘いものが好きだからハチミツを多めに入れてホットレモンならぬホットオレンジが出来上がった。
つんとする匂いがした。これは薬草の匂いだと思った。私が使った毒草ではない。あれは失敗だった。でも、これは叔父様がくれた薬草。今日のは本当に殿下の役に立つ飲み物だ。
多めに作ったホットオレンジをポットに入れてそれをワゴンに乗せた。
私はノイアを呼んで殿下の所に行くと言った。
私の後ろからワゴンを押したノイアがついて来る。殿下の部屋の前には護衛騎士が二人立っていた。
私に気づいたのか声をかけた。
「これはオールデル公爵令嬢。いかがされました?」
「殿下のお見舞いに伺いました。中に入らせて下さい」
「ですが、殿下は面会禁止と医師から伺っております」
「ええ、ですからほんの少しだけ。殿下に飲み物の用意して来たのでどうかお願いします」
ほんの少し顔を強張らせた騎士に柔らかく頼む。
騎士は一瞬戸惑った顔をして、もう一人の騎士に目配せした。
「お気持ちはわかりますが、我々の一存では。ロイトン医師に確認するまでお待ちいただけますか?」
先程とは違う騎士が言った。
またロイトン医師か。ホントに!
きっとだめだと言われると思うと思わず扇子を握りしめた。
私はまた問題を起こしたと言われたくなかった。これまでも王太子教育で成績が悪いとか茶会でもシャロンと比べられて子爵家のご令嬢だからと嫌な思いもして来た。これ以上心象を悪くしてはと思い直す。
すかさず扇子を握りしめた手を緩め口角をあげて穏やかな口調で話し始める。
「いえ、無理にとは言いません。では、このホットオレンジを殿下に届けて頂けませんか?薬湯ばかりでは殿下もそろそろ嫌になってると思いまして、少し甘めの飲み物がいいのではと思いましたの」
騎士は申し訳ないように眉根を寄せた。
「そうでしたか。さすが婚約者様ですね。殿下も喜ばれるでしょう。では、そちらのワゴンを殿下にお届けしましょう」
「ええ、殿下にお大事にとお伝え下さい」
「ははっ、そのようにお伝えします」
騎士は恐縮したように頭を下げると、ワゴンが受け取られ殿下の部屋に入って行った。
それを見終えると私はその場を去った。
殿下とお会いしたかった。
きっと明日には元気になられて飲み物のお礼を言われるだろう。
そんなことを期待した。




