14殿下の無茶ぶり
ヴェス様が帰って来て私は使った薬草の報告をして出来た薬を見せた。
「ヴェス様、殿下の薬を作るためにこちらの薬草を使いました」
「ええ、わかった。でも、そんな事報告しなくてもいいのよ。何かあった?」
勘のいいヴェス様は私に寄り添うように距離を縮めた。
「いえ、何も」
ヴェス様の温もりが触れるか触れないかの距離で私は平気なふりをして答えた。
「アマンダがアナが信用出来ないって言ったんだ」
レオンが見かねたのか作業中だったけど口をはさんだ。それでアマンダ様が説明を始めた。
「だって、ロイトン先生はアナさんには殿下の事だけやらせるって言われました。だから救護院に持って行く薬は触らせない方がいいと思っただけです」
「まあ、そうね。でも、言い方もあるはずよ」
「もう、ヴェス様までアナさんを庇うんですか。言ったら悪いけど私ここで一番古いんですよ。これでも学園を卒業して薬師としてここに入って3年なんです。もちろんヴェス様が薬師長だってわかってます。けど」
私はいたたまれなくなる。母の事があるからつい何かわかればと思っていたけど、こんなふうに思われてていたなんて。まあ、平民は貴族から見れば卑しい存在。かつての私もきっとそんな事を思った事もあったくらいだから当然だろう。
「すみません。私もこんな所に向いていると思っているわけではありません。ですが、やはり殿下は大切な方なので、とにかく殿下の容体が落ち着いたらすぐに出て行きますから」
勝手に言葉が出て来た。殿下の心配をしているわけではない。このチャンスを利用したいと思っているだけだ。誰があんな男。
私は気づけば鼻から大きく息を抜いていた。
「まあまあ、みんなもう落ち着いて。志は同じ薬師。病の人を助けたいって気持ちは同じ。でしょう?」
「そうだ。さあ、仕事に戻ろう」
レオンさんが声をかけてみんなは作業に戻った。
薬師になって3年か‥アマンダ様って殿下の同じ年なんだ。
私はヴェス様に使った薬草の報告をして出来上がった薬も確認してもらった。
殿下の薬は明日の朝までの分が出来ていた。
ドクダミと銀光花に金華草。この薬草は体を温める効果がある。そしてペパーミントを使わずに甘露草を使った。これは血流をよくする。
別にペパーミントでもよかった。あんな奴。でも、苦しんでいた姿を見たら病気の殿下に少しでも呼吸が楽になって口当たりの良い薬にしようと思った。
お昼前にロイトン先生が来た。
一緒に殿下の元に訪れた。
「殿下、お加減はいかがです?」
「ああ、退屈だ」
「まあ、それは仕方がありません。気分はいかがです?」
「昨日に比べたら格段いい。それに薬湯を飲んだら喉がすっきりした」
殿下はベッドに寝てはいなくてベッドサイドのソファーに座っていた。
テーブルの上には書きかけの書類がある。
ロイトン先生もそれに気づいたのだろう。
「殿下、まだご無理はなさらない方が」
「無理はしていない。何もしないのも疲れる。最小限の書類に目を通していただけだ」
アルベルト殿下が仕事を?まあ、半年の間にこんなに大人になられましたね。まあシャロンでは殿下の執務をかわってやることなど無理でしょう。
いやでも自分でやるしかなくなったんですね。いえ、もともと殿下の仕事です。
私はすっと肩を上げて下ろした。
「お食事は?」
「ああ、スープを飲んだ」
「昼食はもう召し上がられても構いません。食後に」そう言いかけてロイトン先生が私を見た。私はすかさず薬を取り出す。
「はい、これが昼食後、夕食後、そして明日の食後に飲んで頂く薬です」
薬を差し出すと殿下がその包みを一つ取った。ふんふんと鼻で匂いを嗅いでいる。
「甘い匂いがするな。ペパーミントはなくしたのか?」
殿下の口角がほんの少し上がる。
「はい、私は平民の薬師です。王太子殿下のような方のご不興を買えばどのような罪に問われるかと恐ろしくなったのです。今回は甘露草を入れております。甘露草は血流をよくする薬草で体内の循環を良くして体調を整えれるように調整しております」
まあ、これ以上下がることはないので恐くはないが嘘も方便なのだと平民になって学んだ。
それにこれでも薬師ですので少しは殿下の体調も気遣っています。
「アナ、そんなに怖い顔をするな。ほら、笑え。そうだ。このままでは飲みにくい。薬湯にしてくれ」
殿下は自分の言い分が通ったと思ったのだろう。機嫌が良くなって私に薬湯にして来いと言った。
「殿下、食事が先です」
「そうか。誰か食事を持って来させろ!」
殿下がそう言うと扉の前に立っていた護衛兵がすぐに食事を運ぶよう伝えた。
しばらくするとユリウス様が食事を持ってやって来た。
ワゴンには黄金色のスープに鳥を蒸してサラダ風にしたもの。白身魚のソテー。オムレツにサンドイッチ。フルーツの盛り合わせと数種類の料理が大量に乗っていた。
どれも胃に優しそうなものばかりだ。
料理がテーブルに置かれた。
殿下が不服とばかりに文句を言った。
「なんだ。なぜ、ユリウスが料理を運ぶ?」
「殿下、それはあんまりです。毒の出どころがはっきりしていないんです。食事を運ぶ途中で毒を仕込むことも出来るんですよ。だから、俺が厨房からここまで運んで来たんじゃありませんか!」
「お前は大げさなんだ。毒を仕込むことくらいどこでも出来る。そんな事をすれば俺が毒を盛られたと言いふらしているようなもんだろう」
「大丈夫です。殿下は感染する病だとみんなに話してありますから」
「ったく。俺がひどく汚い病気持ちみたいじゃないか」
「良かったらロイトン先生もアナさんもいかがです?こちらにいらしていると聞いて多めに用意したんです。さあ、どうぞ遠慮なさらず」
なぜかユリウス様が料理を勧めてくれる。
「ユリウス。それは俺が言うセリフだろう。さあ、ロイトンもアナも食べていいぞ。一人では食事もつまらんからな。さあ、遠慮はいらないから食え!」
殿下まで。今までこんな気さくな人だったとは知らなかった。
私が婚約者の時にはこんな事を言われたことはなかった。
ロイトン先生と私は殿下の向かい側に座ってサンドイッチを頂いた。フルーツもしつこく食べろと言われていちごやブルーベリーもいただいた。
おかげで昼食代が浮いた。王宮の使用人は使用人用の食堂があるらしいと聞いたので後で行くつもりだったのだ。
殿下はすこぶる機嫌よく食事をされた。
そして薬を薬湯にしてこれまた甘みのある薬湯で満足したらしく「アナ、お前が気に入った。俺の好みが良くわかってるじゃないか。ロイトン。数日と言わずこの先も俺の薬師はアナにしろ」
「こ、困ります。殿下、申し訳ございませんが私は救護院で働いておりますので、何しろ人手が足りなくてすぐにでも帰って来いと言われてまして」
私はロイトン先生の返答も待たずに答えていた。
何を言い出すのかと思えばと胸の中がかっと熱くなる。
誰が殿下なんかの薬師に。なってたまるもんですか!
ロイトン先生が殿下に夕食後はご自分で薬を飲むように言って私達は殿下の部屋を後にした。
ユリウス様は恐縮して何度も頭を下げられていた。
やはり気分屋なところは変わっていない。




