12予定が狂ったじゃない(シャロン)
私は殿下が好きだった。
初めて会ったのは15歳のデビュタントの時だった。
煌めくような金色の髪をなびかせ、くりっとした瞳は眩しいほど美しい碧色で絵本の世界から現れたような王子様だった。
殿下はデビュタントの席で一人一人の令息や令嬢に声を掛けられた。私もどきどきしながら挨拶をした。
真っ直ぐに私を見つめて「デビュタントおめでとう。学園でも頑張って下さい」と声をかけて下さった。
天にも昇るようなふわふわした気持ちになった。
でも、すぐに現実に戻された。
私はしがない子爵令嬢。婚約者候補にすらなれない場所にいる。
そしてすぐにオールデル公爵令嬢との婚約が決まった。私はすごくショックだった。父はオールデル公爵家の次男だからドボーヌ子爵領を継いだ。
オールデル公爵家の血を引いているのに次男と言うだけで公爵家を名乗ることは許されない。
でも、そんな事を言えばきっと不敬だと言われる。私は仕方なく我慢するしかなかった。
それでも殿下の婚約者のシャロンとはいとこなので、シャロンに近づくふりをして殿下に近寄った。
殿下はシャロンのいとこだと知って気さくに挨拶をしてくれるようになり、時には偶然を装って殿下を待ち伏せたりもした。
でも、ふたりきりになる事は出来なかったし、殿下のお茶会に呼ばれることもなかった。
もっともシャロンも殿下とはそこまで仲がいい訳ではないらしく、王太子教育や殿下の執務の手伝いに忙しくしていた。
それに夜会では殿下に放っておかれたりダンスも他の令嬢を誘うことが多かった。
やっぱり殿下はシャロンが好きなわけではないとはっきり分かった。
そして王妃毒殺と言う不幸な事件が起きた。シャロンの母親は王妃の薬師をしていて毒を盛ったと疑われ牢にそして自殺。父親も不正をしたと宰相の職を追われ領地に引きこもった。
もちろんシャロンの婚約は白紙に戻された。
ドボーヌ子爵である父はチャンスとばかりにオールデル公爵家に乗り込んだ。そこからはお父様やお母様が好き放題にした。シャロンが生意気な事を言えば父は躾と称して力で抑え込んだ。
私は公爵令嬢として侍女のノイアが付けられドレスは新作の高級なドレスが首飾りや髪飾りも最高級の品を買い与えられた。
そして私は新作のドレス姿で夜会で落ち込んでいる殿下に近づき殿下を励まし心配した。
特にハチミツを使ったお菓子でも持って行けば殿下は見た事もないような顔をしてすごく喜んでくれた。私は殿下に好かれていると手ごたえを感じた。
父はオールデル公爵家の当主となり商売の取引相手でもあるガクセン財務局長や母の兄である宮廷医のキケル・リラエリアの後押しもあって私は念願のアルベルト殿下の婚約者になった。
キケル先生は私の母の兄で叔父様なので色々都合がいいのだ。
私は殿下にシャロンにいじめられていたと言って彼女を平民に貶め屋敷からも追い出す事にも成功した。
これでもうシャロンが殿下の婚約者に戻ることはない。
やっと殿下の婚約者になれたと浮かれていた私だったが、殿下は執務に忙しく、私も王太子教育を受けなければならなくて甘いムードのデートや茶会。舞踏会を期待していた私はがっかりした。
王太子教育係の先生からはシャロンが優秀だったと言われ私は同じミスを繰り返すと冷たい目で見られた。
こんなはずじゃなかったのに。
時々たまらなくなって殿下の元を訪れお茶くらい付き合ってくださいと言えば殿下は本当にお茶の一杯だけつきあってくれる。だが、すぐにユリウス様から仕事が残っていると言われて執務に戻る。ほんとにつまらない。
そうしているうちに半年がたっていた。
ここ最近国境沿いのいざこざやお父様が亡くなられて執務が増えたらしく殿下の具合が悪くなったと聞いた。
そのせいで私との時間はほとんど取れなくなっていた。最悪。
だから殿下にお茶を飲ませた。黒銀草という毒草を入れて。
黒銀草はドボーヌ子爵領に自生しているもの。お父様が言っていた。高山で採れる鉱石の中に毒性があるから植物も危険だって。だから絶対触るんじゃないと言っていた。
だって殿下が苦しんでいるのを看病して助ければ殿下は私に感謝するはず。少しは私に振り向いてくれると思ったのに!
だから今日は解毒薬の入ったタルトを準備して来たのに。
何よ。叔父様のキケル先生が担当かと思ってたのにどうしてロイトン先生が担当になってるわけ?
私は心配になって叔父様に殿下を見てくれるように頼んだ。
「叔父様。殿下が心配です。どうして叔父様が診てくれないの?」
叔父様は宮廷医長なので自分の部屋を持っている。私が入ると書類仕事をしていて机の間から顔を上げた。
「シャロンか。殿下の事はそんなに心配しなくていいんだ。殿下は子供の頃からこの時期にはいつも調子が悪くなっているからな。だから、私でなくても心配はいらない」
叔父様はそう言った。叔父様は私が毒を使ったって知らないから。
「でも、ロイトン先生は面会もだめだって言ったわ」
私は殿下を心配している風を装う。
「シャロン、そんなに心配ならこれを殿下に」
叔父様は引き出しから白い包みを出した。
「これは?」
「喉にいい薬草の粉末だ。面会がだめならシャロンが喉の良い飲み物だと言って差し入れでもしたらどうだ?」
「ええ、それくらいなら許してもらえるわね」
私は叔父様からその包みを受け取った。
「少し匂いがあるが薬草の匂いだ。橙色は薬草の特徴でな。ハチミツでも入れれば飲みやすくなるはずだ」
「ええ、そうする。ありがとう叔父様」
受け取った薬草の包みから橙色が透けて見えた。
まあ、ロイトン先生の様子では殿下の命に別状は無さそうだし毒のことがバレると面倒だから今日は大人しく帰ろう。明日はこれを殿下に差し入れればいいわ。
それにしてもさっき会った薬師。あの人平民かしら?白衣の下のドレスは薄っぺらい生地でとても貴族の令嬢が着るような品物ではなかった。髪色も地味な茶色。眼鏡の奥の瞳も茶色だった。
あんな人が王宮の薬師だなんて。ロイトン先生ったら本当に大丈夫なのかしら?




