退く勇気
マルヴォリオが襲いかかってきたとき、本当に怖くて、恐怖で足が動かなかった。走ってくるリアム様が必死に私の名を呼んでいたのだけは鮮明に覚えていて、次の瞬間には彼に抱きしめられていた。また、守ってくれた。
「サラ、入るぞ」
ルイス兄様の声がした。兄様は友人のリアム様が傷ついてすごく辛そうだった。リアム様は緊急手術を受けて、今は眠ったままだ。
「...大丈夫か?」
「はい、リアム様が身を挺して私を守ってくださいました」
私が涙目で言うと、兄様は私を抱きしめた。
「無事でよかった......リアムならきっと大丈夫。サラも知ってるだろ?アイツは背中の筋肉も頑丈だし、咄嗟に魔力を背中に集中させてたおかげで、致命傷にならなかった」
私は兄様の腕の中で頷いた。
「それで...カイル王子のことなんだが...明日帰国する前にサラと二人で話がしたいそうなんだ」
「...わかりました」
カイル様の手を乱雑に振り払ってしまった。目の前のリアム様が倒れている光景にパニックになってしまい、カイル様のことをきっと傷つけてしまった。謝らなければ...。
私は血のついたドレスから着替え、一人窓辺に座った。
「...リアム様」
真っ暗な夜空はまるで自分の気持ちのようで、その日は眠れずに窓の外をぼんやり眺めるだけだった。
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翌朝、私は出立の準備をするカイル様に会いに行った。
「サラ!大丈夫かい?昨夜はあんなことがあって眠れなかっただろう」
そう言ってカイル様は私を椅子に座らせた。
「あの...カイル様。昨夜の...」
私が言いかけたとき、カイル様が言った。
「騎士団のあの男...君は彼が好きなんだね」
「え......?」
私が驚いて顔を上げると、カイル様は悲しげに、でも笑って言った。
「...政略結婚といえど、初めて君を見たときから好きだったんだ。きっと良い夫婦になれると思ったけど、彼ほどの覚悟は僕にはできなかった。魔物が襲ってきたとき、彼が身を挺して君を守るのを見て、僕にはできないと思った。ある意味、彼が僕に退く勇気をくれたのかな......だから、婚約をやめていい」
カイル様は手を握りしめている。私は彼の手をそっと開いて言った。
「...私は...王家に生まれた以上は好きな相手とは添い遂げられないとずっと諦めていました。カイル様との婚約も受け入れる覚悟をしていました。......でも、ずっとリアム様が好きなんです。どうしても。ごめんなさい、カイル様のことを好きになれそうにありません」
「...うん。わかった。婚約を破棄する話は僕からちゃんと国王に伝えておくから、心配しないで。この婚姻がなくとも、ヴィステジアにも我が国にも不利益が起こらないようにするから」
「...っありがとう、ございます」
私は涙が止まらなかった。カイル様が私のことを最後まで思ってくれたことがうれしくて、苦しかった。
「じゃあ、今から元・婚約者になったわけだけど...サラ、君の幸せを願っている。...ずっと好きだった、さようなら」
そう言って私のおでこにキスをすると、カイル様はそのまま部屋を出ていった。
もう、自分の気持ちを押し殺さなくていいんだ...リアム様のことを好きになってもいいんだ...そう思うと、私は長年降り積もった気持ちが溢れて涙が流れた。
彼が目覚めるときは、そばにいたい。
そう思った私は、急いで騎士団本部へ向かった。




