オレンジの縁
いつもの朝、騎士団本部へと向かうリアムを見送ったあと、サラは市場に買い物に来ていた。今日はリアムの帰りが遅くなると聞いているので、先にご飯を作って食べておこうと食材を買いに来たのだ。最近、彼がほとんどの家事をやってしまうので、料理を作るのが久しぶりに感じた。
「今日は久しぶりに私がご馳走を用意しなきゃ」
気合いを入れて歩いていたところ、よく見ると前を歩く商人らしき人の荷車からオレンジがひとつ、またひとつと転がってくる。荷台に穴が開いていたのだ。
サラはオレンジを拾い集めながら、大きな声で呼び止めた。
「あの!オレンジが...!」
歩みを止めた男が振り返り、焦った様子で散らばったオレンジを拾いはじめた。
サラが「これも...」と拾ったオレンジを差し出すと、男は顔を上げた。一瞬だが、長い前髪の下に隠れた大きな傷跡が見えた。片目がおそらく見えていないのか、落ちたオレンジを拾うのも一苦労の様子だった。
男はすぐさま前髪を直し、「...ありがとうございます」と小声で言った。
サラが笑顔で「大丈夫ですよ」と答えたとき、二人にむかって勢いよく小さな男の子が向かってきた。
「兄ちゃん!またやっちゃったのかよ〜!...手伝ってくださって、ありがとうございました」
行儀良くお辞儀をした男の子が、お礼にとオレンジをひとつサラに差し出した。
お礼を言って去っていく二人を見送り、サラはもらったオレンジの香りを嗅いでいた。
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数日後、サラはリアムと共に市場に来ていた。今日はリアムが非番の日で、重たくて普段買えないものを買いに来たのだ。通行人がサラにぶつからないよう、リアムが彼女の肩を抱き寄せた。
「...?どうした」
あまりにもサラが見つめてくるので、リアムは不思議そうに尋ねた。
「...かっこいいなと思って」
サラがそう言うと、リアムは顔を真っ赤にした。
そのとき、市場に悲鳴が上がる。
「キャーッ!泥棒よ!」
その声にすかさず反応したリアムは、サラを道の端の安全な場所へ連れていくと、「ここを動かないでくれ」と言って悲鳴がした方へ走っていった。
一人残されたサラは、心配そうにリアムが向かった方向を見ていた。そのとき、少年が屋根を飛び越えて走るのを見つけた。見覚えがある。彼はーー、
屋根から飛び降りた少年は、ちょうどサラの目の前に着地した。
「あ!!」
目を合わせた二人は驚く。彼は先日、オレンジをくれた男の子だった。
「あなた......」
その手には小瓶が握られていた。
「お願い、見逃して!兄ちゃんの薬なん...」
そう言い終わぬうちに少年は首根っこを掴まれて、サラから引き剥がされた。リアムが走って戻ってきたのだ。
「リアム様!」
リアムが息を切らしながら少年に告げる。
「おい...俺の妻に何をしてる」
リアムのあまりの迫力に、少年はとうとう泣き出してしまった。
しばらくして落ち着いた少年が話し出した。
「...俺、兄ちゃんと王都の市場に野菜や果物を売りに来てて...いつも兄ちゃんは体が弱いから留守番なんだけど、今回はたくさん収穫したからって...一緒に来たんだ。でも、いつもの発作が起きちゃって...帰るに帰れなくなって、しばらく宿屋に泊まってるんだけど、金もなくなってきて...兄ちゃん昨晩からずっと寝込んでるんだ...」
話を聞いたリアムが、口を開く。
「...お前、名前は?」
「...ペイジ」
「ペイジか。兄さんのこと、大変だったな。...でも、盗みはダメだ。薬屋に一緒に謝りに行こう」
リアムはペイジの姿を過去の自分と重ねていた。ボロボロの衣服のペイジは、リアムが孤児院を転々としていたあのときと同じ年頃だろうか。
リアムはサラに家に帰って休むように言ったが、サラがペイジを心配して一緒に行くときかないので、三人で市場にある薬屋を訪れる。
「......ごめんなさい」
ペイジが盗んだ薬を返すと、薬屋の主人はやれやれといった顔をして言った。
「騎士団のリアム様に免じて!今回だけだよ!」
リアムが横から主人に言う。
「...この薬、ひとつもらおう」
そう言って代金を渡すと、返した小瓶をペイジに手渡した。
「ありがとう!リアム様!」
ペイジは暗かった顔が一気に明るくなり、宿屋まで走っていった。
「リアム様...」
サラがリアムの手を握り、満面の笑みで彼を見た。
リアムも少し安堵したような、すっきりした顔でサラを抱き寄せる。
「...よかった、な」
「はい、ペイジとお兄さんが元気にお家に帰れるといいですね。あ、実は先日食べたオレンジは、ペイジからもらったものだったんですよ」
「ああ、前に話してた...そうだったのか」
「リアム様はやっぱりお優しいです。この子も、リアム様のように優しい子に育ってほしい...」
サラが笑顔でそう言うと、リアムは少し照れたように微笑んだ。




