会いたい
一日かけてバランドールに着いたルイスたちは、王城で和平条約の更新のため調印式に出席した。
ヴィステジア王であるルイスとバランドール王が調印するのを、壁に沿って立っていたリアムは静かに見つめていた。
無事に両国の和平が保たれることになり、夜は歓迎の宴が開かれた。
「ヴィステジアとは友好的な関係を続けていきたいものです。貴国の王女と我がカイルはなかなか似合いだと思っていたのですが...いやはや残念でしたな」
バランドール王がルイスと盃を交わす。
「その節は...うちの妹が大変ご迷惑をおかけしました」
「いやいや、当人同士の問題ですからな。国同士の友好の証とはいえ、我々が余計な口を挟むのは野暮ですな」
これまでヴィステジア王国とバランドール王国は、その友好の証として節目に王家の者同士で婚姻関係を築いてきた。サラ王女が生まれたとき、バランドール側から第二王子のカイルとの婚姻の申し出があり、そのまま二人は婚約者となった。あの日、カイルがサラの気持ちを知って婚約を取りやめるまでは。
「父上、ご挨拶に参りました」
ルイスとバランドール王の席に二人の青年がやってきた。
「ヴィステジア王よ、紹介しよう。わしの倅で次の国王となるキール、それからこちらはすでにご存知かと思うが、第二王子のカイルだ」
キールに続いてカイルがお辞儀をした。
ルイスよりも少し年上かというくらいの二人は、それぞれに挨拶の言葉を述べる。
「ヴィステジア王、はじめまして。こんなにお若いのに一国を背負ってらっしゃるとは...私も早く父を安心させたいものです」
「お久しぶりです。先日はヴィステジアでの歓待、ありがとうございました。サラ王女との婚約の件...ご迷惑をおかけしました」
ルイスはカイルに同情していた。カイルがずっと婚約者だったサラを好きだったことに気づいていた。事あるごとにヴィステジアを訪れたカイルが、いつもサラを恋しそうに見ていたのだから。
「いや...妹がすまなかったな」
ルイスが気まずそうに言った。
それから宴も終わり、リアムたち騎士団もルイスと共に宿泊している城のゲストルームへと戻って行く。
回廊を歩いていると、カイルがリアムを呼び止めた。
「あの!...少し話してもいいだろうか」
カイルの視線が自分に向いていることに気づいたリアムが、ルイスの顔を見る。ルイスがいいよという顔で小さく頷いた。
誰もいない城の回廊の一角で、カイルは柱に寄りかかって座った。リアムは姿勢よく立ったままだ。
「サラが結婚したことは聞いた...相手は、君だね?」
「はい」
「...やはりそうだったんだな。以前ヴィステジア王国で開かれたパーティーのとき、君がサラを魔物から命懸けで守るのを見て、わかったんだ。サラは君が好きなんだと。...そうか、想い人と結婚できてよかった」
カイルは穏やかに笑って言った。そんなカイルを見て、リアムは静かに口を開いた。
「...殿下と彼女が仲睦まじく踊るのを見て、正直自分は嫉妬にまみれていました。恐れ多くも自分が王女と...なんて考えがずっとあったのですが、あのとき『彼女を幸せにするのは俺でありたい』...そう強く思ったんです」
「ははっ...僕は最高の当て馬だったな。...僕も彼女が好きだった。国同士が決めた婚約者という関係だったけどね。でも、今は彼女が幸せならそれでいいんだ。どうか幸せになってくれ」
そう言ってカイルはリアムの肩を軽く叩くと去っていった。リアムはカイルの背中に向かって深く一礼する。
サラからカイルの話は聞いていた。サラのことを思って婚約を解消しようと言ってくれたことも。罵倒される覚悟だったリアムは少し拍子抜けしたが、カイルの潔さに敬服した。
そのまま部屋に戻ると、ルイスが待ち構えていた。
「リアム!大丈夫だったか!?」
リアムはルイスの慌てっぷりを見て、可笑しく思った。
「大丈夫だ。殿下は素晴らしい方だ」
リアムがそう言って団服のマントを畳んでいると、ルイスがソファに寝そべって小声で呟いた。
「そうなんだよなあ...カイル殿下は第二王子には勿体無いと、バランドールでは次の王にカイル殿下を推す者も多いようだ。第一王子は、ホラ...お前も見ただろ?」
リアムは第一王子を思い出す。キール殿下は、カイル殿下と違って好戦的で、かなりの野心家であることが知られている。もし彼が王となり、バランドールを指揮することになったら今よりも近隣諸国との関係がきな臭くなりそうだ。
「...とりあえず今日はお疲れさま。久しぶりに国王として仕事してるルイスを見たな。相変わらず、こうして裏でだらけてる姿は誰も想像できないだろうな」
「信頼してるからな、お前のこと。それにもう家族でもあるしな」
ルイスがそのまま部屋のワインを開けてリアムにもグラスを渡した。
「そんで、カイル王子には何言われたんだ?こっそり教えろよ」
ワクワクした顔のルイスに、リアムはいつもの調子で言う。
「言うわけないだろ。というか明日からもバランドールの視察があるんだから程々にしないと」
「ケチだなー」
酔っ払いはじめたルイスを寝台まで運び、リアムはソファに戻って一息ついた。
「...サラ、会いたいな」
ヴィステジア王国の騎士団で「絶対に笑わない」と評される最強の男が、こんなことを言っているのを誰かが聞いたら驚いてひっくり返っていただろう。
リアムはそのままルイスの寝台を見守るようにソファに座っていた。




