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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)

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錯綜3-2-⑤:見え隠れする過去

ようやく同じ電車に乗っている和の姿を確認できた。車内は空いていた。寧々は静かに近寄り、肩を軽く叩いた。


「Hai!和」


振り返った和が、少し驚いた表情を見せた。


「紫園さん」

「Good morning, 和。いつもこんな早い電車に乗ってるの?」

「おはよう、紫園さん。私はいつもこの電車よ。紫園さん、今日はどうして早いの?」

「道理でいつも全然合わないわけだ!」

「いつも”って……?」

「だって帰りは同じ電車なのに、全然姿見えないんだもん。で、皆に聞いたの。和は毎日一番に登校してるんだって。さすが優等生!」

「優等生?」

「うん、みんなそう言ってるよ」

「そう」

「だから今日、頑張って早起きしてこの電車に乗ったんだ!」

「わざわざ? どうして?」

「もちろん、和に会いたかったからだよ。じゃないと、ゆっくり話せないでしょ」

「話?」

「明日から私もこの電車にしようかな。空いてて快適だし。それに、そしたら毎朝和と一緒に学校に行けるでしょ?」

「え?」

「私も明日からこの電車にしようかな。こっちのほうが断然空いてるし、そしたら毎朝、和と一緒に登校できるしね」


寧々は相手の反応を探るように、わざとゆっくり言葉を紡いだ。


「え……」


和派明らかに迷惑そうな表情をする。それが、また気になった。


「あ、今、面倒だって思ったでしょ?」

「べ、別に、そんなこと……」

「ぜ〜ったい思った。私、そういうの分かるんだよね」


そう言って笑うと和はかなり戸惑った顔をした。


「ねえ、和ってどうしていつも一人なの?」

「どうしてって、別に……理由なんてないわ」

「そう?日本の女の子って、いつも誰かと一緒ってイメージあるじゃない? 移動する時とか、トイレまで一緒に行こうってさ。あれ、変だよね。トイレ行くタイミングなんてみんな違うでしょう?」

「まあ、でも休み時間に行くからじゃない」

「でも和は違うじゃん。いつも一人で行動してる。誰ともつるまない。私、そういうの好き」


誰かと常に行動しないと不安になる子より、孤独をものともしない子の方が、ずっと強く見える。それに何かと依存されるのも好きではない。寧々は表面的には誰とでも仲良くなってはいるが、深くは踏み込まない。そういうのは面倒だとも思っている。そういうところは和と似ているのかもしれない。もしかすると、山下岳のことがなくても、和に興味を持ったかもしれない、とも思い始めている。


「好き?」

「うん、なんかカッコいいじゃん。日本にも、こういう子いるんだって感じ」

「人と関わるのが苦手なだけよ。格好いいわけじゃない」

「ふ〜ん。どうして苦手なの?」

「どうしてって……理由なんかないわ。ただ、そういう性質(たち)なだけ」


質問を重ねても、和の態度にはほとんど動揺が見えない。探りを入れても、何を言っても動じない、スキがないと言う感じだ。


「そうなの?なんか違う気がするけど」

「違う?」

「和って、本当はもっと明るい女の子だと思うんだ。無理してる気がする」


優斗は、かつて和がサッカー少女で、誰よりも活発で笑顔が眩しい女の子だったと話していた。それが、今の彼女からは想像できない。母親の自殺、それだけが変化の理由なのか、他にも何かあるのでは、そんな風に思えてならない。


「無理なんてしていない。私はもともとこんなよ」

「そうかなあ」


寧々がじっと彼女の目を見ると、和は視線を逸らした。少し不安げに見えるのは思い過ごしだろうか。


(やっぱり、何かを隠しているんじゃ……)


誰にも言えない秘密。それは、あの山下岳と繋がっているのか。


「決めた!私、やっぱり明日からこの電車に乗る!」


寧々が宣言すると、和は明らかに面倒臭そうな表情になった。


「今、“違う電車にしようかな”って思ったでしょ?」

「べ、別に」

「ダメだよ。そんなことしても、そうしたら私もその電車に変えるからね」


(もっと知りたい。彼女の心の奥底を……)


そんな思いがどんどん膨らむ。


「どうしてそこまでするの?」

「言ったじゃん。私、和に興味があるの」


自分と似た匂いを感じる。何故かそんな気がする。その理由を知りたいという思いも動いている。


 和が“佐藤和”だと確信してから、寧々は彼女を注意深く観察していた。誰ともつるまない孤高の姿勢。その裏に見え隠れしている怯えのようなもの。それは、何に対する怯えなのか。きっと、それが寧々と似ていると感じる部分なのだ。


「あ、そうだ。私のことは“寧々”って呼んでよ。クラスのみんなもそう呼んでるし。“紫園さん”って、なんか他人行儀だもん」

「だって、そもそも他人でしょう?」

「他人だけど、クラスメイトじゃん」

「私、そういうの苦手なの」


ガードが堅い。でも、それがまた寧々の興味を掻き立てた。そして気づいた。そんな和が、ある一人の男子を時折、目で追っていた。上條浩太。誰にも興味がなさそうな彼女が、浩太にだけは目を向けていた。もしや、特別な感情でもあるのだろうか、それもまた気になる。

お読みいただきありがとうございます。

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