錯綜3-2-⑥:見えない和の心
(これじゃ、好奇心丸出しだ)
そんな自分に気づいて寧々はため息を漏らす。
その翌日からも寧々は和と同じ電車に乗った。でも朝の車内で一生懸命話しかけても、和は頷くだけ。それでも、寧々はめげずに話しかける。そしてある朝、、何気なく聞いてみた。
「ねえ、和って浩太のこと、好きなの?」
和の表情が一瞬、強張った。
「な、何言ってるの。そんなわけ……上條くんはただのクラスメイトよ」
今までにない反応、だと寧々は感じた。
「そう? でも、和って時々、浩太のこと見てるよね?」
「……見てる?」
和は記憶を探るように、視線を泳がせた。動揺しているように見える。それって特別な感情があるということなのだろうか、そう思っていたら寧々の考えていることが分かったかのように和が口を開いた。
「それは、そういう意味じゃないの」
「じゃあ、どういう意味?」
「別に、意識して見てたわけじゃない。たまたまよ」
「無意識? って、それこそ“好き”ってことじゃない?」
寧々はわざと軽い調子で茶化した。和は困ったような顔をした。
「違うから!好きとか、そんなんじゃないから」
「隠さなくていいよ〜。百人一首にもあるじゃん。しのぶれど色に出にけり我が恋は……あれ、続きなんだっけ?」
「“ものや思ふと 人の問ふまで”。平兼盛よ」
即答するあたり、さすがは優等生だと感心した。そんな彼女の冷静さを破ってみたい、寧々の内に、奇妙な衝動が湧き上がった。
「そうそう!それそれ!」
「だから違うってば。そんなんじゃないのよ。ただ……」
「ただ?」
「ちょっと、上條くんに興味があっただけよ」
「興味って何?それって“好き”っていうのと、どう違うの? 好きの始まりって、興味からだよ?」
「何それ。誰がそんなこと言ったの?」
「私。だって私、和のこと好きだもん。だから興味あるの。それと一緒じゃない?」
「好きってさ、私のこと何も知らないじゃない」
「だから知りたいの。それに、誰かを好きになるって理屈じゃないでしょう? フィーリングっていうのかな、合うとか合わないとか、その人を知る前に分かっちゃうってことあるじゃない? ああ、この人とは合う、みたいな。直感的なもの。ね、分かるでしょう?」
「分からないわ。私はそんなもの、感じたことないもの」
和は少しだけ視線を落とした。その声に微かな揺れがあった。
好意がないのに「興味がある」というのは、たいてい何かしらの理由がある。和と浩太の間にも、何か隠された関係があるのだろうか。
和がときおり浩太に視線を送っているのを見て、寧々は周囲の生徒に浩太のことをそれとなく聞いてみた。返ってきたのは、「母親がいないらしい」という噂くらいだった。だが、そんな話は珍しくもない。世の中には片親で育つ子どもがいくらでもいる。実際、寧々自身もそうなのだから。
「へぇ、そうなんだ。ますます和に興味湧いちゃった。それにね、私も浩太には興味あるんだ」
「え?」
「なんかさ、境遇似てるから」
その一言に、和の顔がわずかに揺れた。明らかに動揺の色が浮かぶ。やはり何かありそうだと感じる。
「境遇……?」
「うん。浩太んちもお母さんいないって聞いたから。うちもそうなの。父親と二人暮らし」
「あ……そうなの」
和の顔にふっと安堵の気配が漂った。――なぜ? 寧々は、その反応がどの言葉に対してのものだったのかが気になった。
「なに? なんかホッとした顔してるよ。あ、もしかして、私が浩太のこと好きかもとか思った?」
「そんなこと、思ってないわ」
和は静かに、だがきっぱりとそう言った。全く動じる様子はない。
「大丈夫大丈夫。私のほうこそ、そんなんじゃないから。和の恋の邪魔はしないよ」
「だから、違うって言ってるでしょう!」
珍しく、和が声を荒げた。その様子に、やっぱり、浩太のことになると、冷静ではいられないのだと改めて思った。
「和、なんかムキになってるよ」
寧々がからかうように言うと、和は窓の外に視線をそらした。その後、どれだけ話しかけても和は無反応のまま。表情は閉ざされ、声も出さず、寧々の呼びかけに返事すらしなかった。よほど気に障ったのか。
何かを深く考えているような顔。何をそんなに考え込んでいるの? と、寧々は無言の和をじっと見つめる。駅に近づいても、動かない和を耳元で呼ぶ。
「ほら、駅着くよ」
寧々の声に和はハッとしたようにドアに向かった。駅に降り立ってから尋ねる。
「どうかした? 和、なんか難しい顔してたよ」
「別に。どうもしていないわ」
和は寧々から視線を逸らして歩き出す。寧々が何度読んでも振り返ってもくれない。
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