錯綜3-2-②:もう一つの悲劇
「……知ってるんでしょ?お願い、教えて」
「もう死んだんだよ、そいつ。普通の死に方じゃなかったし……。そんな奴のこと知ってどうするんだよ」
「それは……」
「殺されたんだから、それで、その“酷い目”に遭った人の気も済んだんじゃないの?」
「違うの。探していたの、ずっと。その人……何もできないまま終わってしまった。せめて、あいつがどんな人生を送っていたのか、知りたいの」
寧々の声には、思いがにじんでいた。それは単なる復讐ではない。自分の出自への不安と、失われた真実への執着が混じり合っていた。アイツが本当に自分の父親なのかどうか、それが知りたい。その為にはどんな小さな手掛かりも掴みたい。でも、そんなことは口が裂けても言えない。
優斗はそんな寧々を黙って見つめた。しばらく沈黙ののち、彼は大きく息を吐いた。寧々の切羽詰まった様子が伝わったのかもしれない。
「……分かったよ。俺が知ってることなら、話すよ」
優斗は、寧々の表情の奥にある事情、その“酷い目にあった人物”が、寧々自身なのではないかと、感じ取っていたような気がする。でも寧々はその事には気付かない振りをした。
「その男……コーチは、辞めたあとどうしたの?」
「正直、詳しいことは本当によく知らないんだ。でも……離婚したって噂は聞いた」
「結婚してたの? 奥さんや、子供は?」
もし子供がいたのなら、自分と腹違いの兄妹になるのかもしれない。そう思った瞬間、寧々は心の中でその考えを必死にかき消した。
(そんなはずない。あんな男と私は関係ない)
「そっちのことは全然わからないな。子供がいるって話も、噂レベルで聞いたことがあるような程度だし、本人の口からは何も聞いたことないんで」
「そっか……」
「家庭の匂いもしなかった。だから逆に、お母さんたちには人気があったのかもな。そういうの、分かってやってた感じだった。でも…」
優斗は言葉を切った。
「でも?」
「……なんというか、時々、怖い雰囲気を出すことがあった」
「怖いって?」
「うーん……こだわりが強すぎるっていうか、執着心が異様に強いって感じかな」
「たとえば?」
「試合の勝ち負けにはあまり執着してなかったけど……道具の手入れには異常にうるさかった。ボールとか、いつもピカピカにしてて」
「その程度なら、指導者としては普通じゃないの?」
「いや、それがさ……お気に入りのボールが一個あって、ある日俺、それをコーチが抱きしめてるの見たんだ」
「ボールを抱きしめてたの?」
「うん、しかも名前呼んでた。確か――『あかね』って」
「……あかね……?」
その名前に、寧々の胸がドクンと波打つ。母の名た。
「そのボール、コーチが持参してきたやつで、一度も試合で使ったことなかった。お守りだとか言ってた。『勝利の女神』なんだって」
「なんか、気持ち悪い……」
「確かに……今思えばゲン担ぎみたいなもんだったのかなって気もするけど、それにしたって、ね」
寧々は拳を握りしめた。赤鬼、山下岳の心のどこかに、母の影があったのか。
「そのあと、コーチはどうしてたの?」
「これも噂だけどね、離婚してから、例の問題になった相手と一緒に暮らしてたって」
「その“問題になった相手”って、チームの子の保護者?」
「そう。母子家庭で、お母さんは元々ちょっと浮いた存在だったし。で、その子もチーム辞めちゃった。居づらくなったんだろうね。女の子だったけど、いい選手だったよ」
「女の子だったの?」
「うん」
優斗の声が少し低くなった。
「……本当はさ」
そこまで言って、言葉を止めた。
「なに?」
「いや、きっと俺の勘違いだから」
「勘違いでもいい。教えて」
「……俺、あのコーチ、和っちゃんに興味あるんじゃないかって思ったんだ」
「わっちゃん?」
「うん、その母親の子ども」
「子供って、だって、当時まだ小学生かなんかだったんでしょう」
「俺と同じ歳だった。だから余計に勘違いかもって思うけど……ただ……」
「ただ?」
優斗は逡巡しながら話し始めた。
「俺、小一からこのチームにいたんだけど、和っちゃんは俺が入った一年後に入ってきたんだ」
「それで?」
「和っちゃんが初めて練習に来た日、俺、コーチのすぐそばにいたんだ。その時、コーチが……小声で呟いたのが、今でも耳に残ってる」
「なんて?」
「『見つけた』って」
「見つけた……?」
「意味なんてわかんなかったけど、あの時の目……コーチの目つきが、普通じゃなかった。ぞくっとした。だから覚えてるのかもしれない」
その言葉が何を意味するのか、寧々にはわからなかった。ただ、その一言が恐ろしく胸にひっかかった。
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