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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)

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錯綜3-2-①:10年ぶりの帰国、そして過去への訪問

     二.


日本に戻った寧々は、父のすすめで近くの公立高校に通うことになった。父に希望の学校を聞かれたが、日本の高校事情など分かるはずもない。ただ、「家から近いところがいい」と伝え、最寄りの高校に編入することになった。


 その学校は、偏差値も並で、特にスポーツに力を入れているわけでもない。極々普通の学校だった。目立って悪い、いわゆる不良と言われるような生徒もいなければ、天才的な子がいるわけでもない。だが寧々にとって、学校への興味はほとんどなかった。彼女の頭の中を占めていたのは、ただ一つ、山下岳について、だった。


 ニュースで見たあの男の顔。十年の時を経ていたにも関わらず、寧々は直感的にそれが「赤鬼」だと確信していた。七歳の幼い頃に一度見ただけのはずなのに、恐怖の記憶は消えることなく、夢の中で何度も何度もその顔に遭遇していた。叫び、うなされ、目覚めるたびに、母と妹の血に濡れた姿がフラッシュバックのように蘇る。


 そのたびに、あのとき自分が犯人の顔を警察に話さなかったことが燻ぶる。それでも、今でもそれを話そう、とは思わない。そしていつしか「自分の手であの男を探し出して殺す」。その思いが寧々の心に深く根を張った。誰にも話さなくても自分で母と妹の敵を討てばよい。それが母と妹へ唯一の贖罪であると。忘れないようにと、毎日のようにあの男の似顔絵も書いていたのだ。だから間違えるはずはない。


 いつか必ず、そう思っていたのに山下岳は既に殺された。もはや、寧々の手で復讐を果たすことはできない。悔しさがこみ上げると同時に、彼を殺した者への興味が湧いた。どんな理由で、誰が殺したのか。その犯人に、どこか共犯めいた連帯感を抱いてしまう自分がいた。


 寧々はネットで「山下岳」の名を検索した。彼について何かを知りたいというより、あの言葉――「お前は俺の娘だ」――の真意を探りたかった。関わりたくはないという恐れを凌駕するほどに。最近のネット情報は素晴らしい。色んな噂をする人間と言うのはどこにでもいるものだ。


 特に顔を晒さないでズムネットの世界はそれが顕著に表れる。検索の結果、彼がかつて少年サッカーチームのコーチをしていたことが判明した。在籍していたのは平成十一年から十八年。ちょうど母と妹が殺されたは平成十三年。ならばそのコーチ時代に岳は事件を起こしたのか。


 寧々は実際にそのサッカーチームの練習場を何度か訪れ、彼を知る者がいないか探した。そしてある日、フィールドの端で見学している寧々と同じくらいの年齢の少年に目が留まった。周囲に話を聞くと、彼の名は大谷優斗。当時、山下の指導のもとでゴールキーパーをしていたらしい。現在は時々。後輩たちの指導に訪れているという。


 練習が終わるのを待って、寧々は優斗に声をかけた。回りくどいのは性に合わない。真っ直ぐ切り込む方が早いと判断したのだ。


「ねえ、君……大谷優斗君?」


名を呼ぶと、優斗は驚いたように顔を上げ、眉を顰めて寧々を見返した。見知らぬ女の子にいきなり名前を呼ばれたのだからそりゃあ、警戒もする。


「君、誰?」


身長は百八十センチを超えているだろう。がっしりとした体格に、四角い輪郭。高校生というより大学生にも見え、威圧感すらある。


「紫園寧々」

「しおん、ねね?って誰?どこかで会った事ある?」

「ううん、今日が初対面」


寧々の言葉に優斗は不思議そうな顔をする。


「私ね、あなたのファン」

「ファン、俺の?」


一瞬、驚いた顔をした優斗だがちょっとだけ顔を赤らめた。


「なんて、冗談だけど」


優斗の顔が一瞬、ムッと曇った。だが、寧々はまるで気にする風もなく続ける。


「ごめん、ちょっと聞きたいことがあって」

「なに?」


気乗りしない様子ながらも、優斗は耳を傾けた。


「去年、殺された山下岳って男のこと。彼、ここの元コーチだったんでしょう?」


寧々の言葉に、優斗の表情が険しくなる。


「……何でそんなことを?」

「彼のせいで酷い目にあった人がいて、死んでくれたのは良かったけど、どんな男だったのか知りたいの」

「酷い目って?」

「詳しくは言えないけど、ずっと気になってるの」

「……まあいいけど。どんな男って言われても、コーチとしてしか知らないし」

「コーチとしては?」

「普通だったよ。けど、見た目が良かったから、お母さんたちには人気だった」


それは、少し意外だった。あんな男が人気、だなんて。


「なんで辞めたの?」

「表向きは『一身上の都合』ってことになってたけど、ある選手のお母さんとトラブルがあって……不倫っぽい噂だった。それで父兄が怒って、居づらくなったって」

「それって……そのあとどうなったの?」


寧々の問いに、優斗は一瞬間を置いた。


「さあね、辞めたあとは知らないよ」


その間に、寧々は何かを察した。彼は何かを隠している。

お読みいただきありがとうございます。

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