錯綜3-2-③:「佐藤和」と言う女の子
「でも、結局あの母親と関係を持ったわけだし。今思えば、お母さん目当てだったんだって納得もできるし」
「ああ、そういうことね」
「もしかしたら、『将を射んと欲すればまず馬を射よ』って言葉あるじゃん。和っちゃんは“馬”だったのかなって思ったりして」
なるほど、確かにそれはあるだろう。母親に目をつけて、子供を手名付けようとした、なんてよくある話だ。でも、何科が引っ掛かる。
「……和っちゃんって、どんな子だったの?」
「女の子っぽくはなかったな。見た目もだけど、プレーも男顔負けだったし、元気で明るくて、ムードメーカーだった」
寧々の頭に、活発に走り回る女の子の姿が浮かんだ。そのイメージは、あの赤鬼とは結びつかない。
「お母さんと二人暮らしだったみたいだけど、全然暗い感じはなかったよ。人気もあったし、他のお母さんたちにも可愛がられていた。だけど……」
「ん?」
優斗の目が陰る。
「中一の時……和っちゃんのお母さん、自殺したんだ」
「……自殺?」
「うん。部屋で首を吊ってたのを見つけたの、和っちゃんだったんだって」
寧々の胸が苦しくなった。寧々とは状況は違えど、母親の死体を見つけた女の子の姿が脳裏に浮かぶ。
「俺さ、その時、偶々アパートの前通り掛かったんだ。パトカーとか止まってて人集りしているからなんだろうって気になって近寄って行ったら、丁度和っちゃんのお母さんがアパートから運び出されるところで……」
「その子は?」
「警察官と一緒にいた。でも最初分からなかった。学校も違ってたからサッカーやめてから会ってもなかったけど、雰囲気がまるで違ってた。お母さんが死んでショック受けたのもあったとは思うけど、それにしても……」
「そのとき、山下岳は?一緒じゃなかったの?」
「見なかった。現場にいなかった。近くにいた気配もなかったよ。だから、同居してたっていうのも本当じゃなかったのかも」
寧々は小さく息を吐いた。よく分からないが、胸の中に黒いモヤモヤした何かが広がるような感じがした。
「でもさ……」
優斗が急に思い出したように言った。
「この話、最近またしたんだ。小学校の同級生にばったり会って、和っちゃんのこと聞かれてさ」
「……どうして?」
「そいつ、今、和っちゃんと同じ高校らしくて。俺がサッカーやってたの知ってたから、知り合いかって」
「ふーん」
「今の和っちゃんはガリ勉タイプで、いつも一人でいて、インテリ女史って呼ばれてるとか。全然想像できない」
「……そっか」
「俺が知ってるのは、これが全部。コーチが辞めたあとのことは本当に分からないし、去年のニュースはマジで驚いた」
「ううん、すごく助かった。ありがとう。――ねえ、ついでに聞くけど、その和っちゃんが通ってる高校ってどこ?」
「確か、明星学園。進学校で評判いいとこだよ。スポーツも力入れてるけど、サッカーはうちの高校の方が上だな!」
優斗は少し誇らしげに笑った。
「明星学園、か……。その子の名前は?」
「佐藤和。“和む”って字で、“まどか”って読むんだ」
「ああ、それで“和っちゃん”」
「うん、みんなそう呼んでた」
優斗はスマホを取り出して時間を確認すると、手を軽く振って言った。
「じゃあ、俺もう行くね。その人、酷い目に遭ったっていう人が、早く嫌な記憶を忘れられるといいね」
その言葉が寧々に向けられたような気がして、胸の奥が少しだけ和らいだ。
「……ありがとう。大谷君って、本当、いい奴だね!」
そう言うと、優斗は照れくさそうに笑って、帰って行った。寧々は、その場に立ち尽くしたまま、胸の中で繰り返す。
(明星学園……佐藤和)
その名前が、しっかりと寧々の頭の中に刻まれた。
春休みのある日、寧々はずっと考えていたことを父に伝えた。
「明星学園に転入したい」
和の話を聞いてからこの学校のことは、自分なりに調べてあった。勿論、和の話を聞いて彼女に近づきたいという思いが大前提ではあったが、それを抜きにしても自由と規律が共存する校風は、他にはない魅力があった。だが、今の公立高校に比べると学費は格段に高い。
それでも、寧々が望めば父が反対しないことは分かっていた。日本に戻ってきても、父との距離は相変わらず縮まらなかった。アメリカにいた頃よりも出張が増え、東京にいても朝早くから夜遅くまで仕事。家にいることは本当に少なかった。
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