錯綜2-3-③:舞奈の記憶、朝陽の直球
「ええ、そう。叔母さんがあそこでクリスマスケーキを予約してて」
「へえ、わざわざこんなところまで?」
「お兄ちゃん、知らないの? あそこのケーキ、今すごい評判なんだよ。いつも売り切れててさ。元々有名店で働いていたパティシエの人がやってるんだって。私もまだ食べたことない」
間違いない。浩太の妹だ。けれど、記憶の中の彼女はもっと内気で、言葉少なだった。あの事件があった後なら、より内向的になっていてもおかしくないのに、今の彼女はずいぶんはきはきしている。それが少し意外だった。
「毎日、数を決めて作ってるらしくて、売り切れたらすぐ店閉めちゃうんだって。だいたい三時くらいには終わっちゃうみたい」
彼女は浩太に説明するように言葉を続けていた。
「こちら上條くんの妹さん?」
和が尋ねると、浩太はうなずいて答えた。
「あ、うん。舞奈っていうんだ」
「こんにちは、舞奈ちゃん。前に会ってるけど、大きくなってて分からなかったわ」
和の言葉に、舞奈は「誰だっけ?」という顔をして浩太を見た。浩太も首を捻っている。違うチームだったし、和と舞奈に接点があったとは浩太も思っていなかったのだろう。
「ほら、サッカーやってた頃。舞奈ちゃん、お母さんと一緒に応援に来てたじゃない」
「ああ、そうだった」
「お兄ちゃん、サッカーって?」
舞奈はまだピンときていない様子だった。まあ、あの頃の和と今の和とでは、印象もだいぶ違っているはずだ。
「小学校のとき、俺サッカーやってただろ?そのときのライバルチームにいた」
浩太が説明すると、舞奈の顔にようやく「あっ」という表情が浮かんだ。
「あ、もしかして、わっちゃんお姉ちゃん!」
そう言って舞奈は和をまじまじと見つめた。浩太よりもずっと鋭い。
「そう、思い出した?」
「うん。でもあの頃と全然、感じが違う」
そう答えながら舞奈は和をマジマジと見る。
「もう高校生だしね」
「ふーん、同じ高校だったんだ、お兄ちゃんと」
あの頃のイメージと今とが結びつかないのか、舞奈は少し不思議そうな顔をして和を見ている。
「そう。でも上條くんは、全然気づかなかったのよ」
そう言って和が笑うと、舞奈はほんの一瞬、わずかに眉を寄せた。
「……?」
今の表情は、何だったのだろう。少し引っかかったが、和は追及することなく、ふたりに別れを告げてケーキ屋へ向かった。少し、喋り過ぎたかもしれない。いつもなら自分から声をかけるなんてしないのに。やっぱり、さっきの痴漢の末路を見て気分が高揚していたのだろう。
痴漢に“罰”が下った。それが嬉しいのではない。願えば叶う、という感覚が、和の中に根を下ろし始めている。ただの偶然に過ぎない、そう思う反面、心の奥底でこうも感じている。――嫌な奴は、ちゃんと消えてくれる。邪魔な奴は、いなくなる、と。
◆
三学期は何事もなく過ぎ、桜が咲く季節が来た。和は高校二年に進級する。この学校は三年間クラス替えがないため、クラスメイトは変わらない。
そしてその春、和は再びクラス委員長になった。どういうわけか、副委員長は朝陽だった。クラス委員長になること自体には何の問題もない。
ただ、朝陽と一緒というのが少し面倒だった。彼は物おじしない。思ったことをそのまま口にする、ある意味無頓着な性格だ。裏表がなく、誰にでも好かれる。そのまっすぐな明るさは天性のものだろう。その眩しさに、和は時おり圧倒される。住む世界が違う、そんな風に感じてしまう時がある。曇りのない真っ直ぐな目で見られると、何もかも見透かされてしまいそうになる。
その嫌な予感は、的中した。放課後、翌日の化学の実験の準備をしていたときのことだ。これまでにも二人きりになることはあったが、和はいつも会話を極力避けてきた。浩太と違って、朝陽は常に直球。何を聞いてくるかわからない。だから余計な話は避けるに限る。そう思っていた。
「ねえ、深見さん」
「……何?」
その改まった声に微かな緊張が走る。
「ちょっと聞いていい?」
「ダメって言ったら?」
「まだ何も聞いてないじゃん」
こんな聞き方をするのは、きっとろくな話じゃないからだと身構える。
「“聞いていい?”って聞かれたから、私はそれに答えただけよ」
和の返しに、朝陽はため息をついたが、それで引き下がるつもりはないようだった。
「前にさ、深見さんに絡んでた男のことだけど」
その言葉に、和の手がピタリと止まる。話題にしてほしくないこと。一番触れられたくない領域だ。
「覚えてるでしょ? だって……殺されたんだから」
「その男が何? 私には関係ないって言ったでしょう」
「でも……全然関係なくないよね?」
(何を言おうとしてるの……?)
まさか、あの男が和に何をしたか、知っているのでは……そんなわけはないと思っていても、胸がざわつく。
「どういう意味?」
「だって……あの男って、深見さんが昔いたサッカーチームのコーチだったんでしょう?」
「……!」
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