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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)

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錯綜2-3-④:嘘と秘密の境界線

どうして朝陽がそんなことを知っているのだろう。朝陽はサッカーをしていなかったし、あの頃の和とは全く接点がない。浩太から聞いたのだろうか。


「それがどうかしたの?」


波打つ心臓を押さえ、和は努めて平静を装う。


「なんで“知らない男”だなんて言ったの?」


朝陽の問いに、思わず睨み返してしまう。なんのために、そんな余計なことを聞いてくるのだ。第一、知っていようが知らなかろうが、朝陽には関係ない。


「上条君から何か聞いたの?」

「浩太はそんな余計なことベラベラ喋るやつじゃない」

「そう……で、木島君は余計なことを聞いてくる人なんだね」

「偶然知っちゃったんだ。そしたら、気になってさ」

「何にでも首突っ込む人ね。お節介だって言われない?」

「うん!よく言われる」


そう言って屈託なく笑う朝陽に、やはりこの人とは住む世界が違う、と感じてしまう。なのになぜ浩太は――心の中にポトリ、と水滴が落ちる。


「……あの時は気づかなかったのよ。昔と随分変わってたから」

「でも、あんなに近くで話してたのに?」

「あとで気づいたけど、別にわざわざあなた達に報告する義務はないでしょ」

「そりゃまあ、義務はないけど、普通は気づくんじゃない? 向こうは深見さんって分かってて話しかけてきたんだよ。自分が教えてたチームの子なんだから」

「そう言われても私は気付かなかったの!しょうがないでしょ」

「それ、だよね?」


(なんなんだ、この人は)


朝陽の決めつけるような口調に、和の中に怒りが湧いた。否、その言葉が図星だったからかもしれない。だがそれは、和にとって最も触れてほしくない領域だった。


「もし、もし知っていたとしても、木島くんに何の関係があるの? なんでそんなこと、いちいち説明しなきゃいけないのよ! 私の個人的なことを根掘り葉掘り聞いて、何が面白いの?そういうの、下衆って言うのよ。木島くんって、能天気なだけじゃないのね!」


和は一気にまくし立てた後、口を閉じた。朝陽はその剣幕に怯んだようで、バツの悪そうな顔をして俯いた。


「ごめん……」


そして、もうそれ以上は何も言ってこなかった。


 朝陽と別れて帰宅した和は、自己嫌悪に苛まれた。あんなに感情的になるべきではなかった。あれでは藪蛇だ。返って余計な疑念を抱かせることになったかもしれない。知っている相手を「知らない」と言ったことで、かえって不信を招いた。初めから誤魔化し方を間違えたのだ。誰かが知っている事実を嘘にはできない。次からはもっと慎重にしなければ。嘘を重ねれば、いずれ綻びが出る。全てを嘘にしてしまえば、真実味がなくなる。


 それでも、あの事だけは、絶対に誰にも知られたくない。知られたらもう、生きていけないと思ってしまう。もっと大人になれば、こんなことなど取るに足らないと思えるのだろうか。だが、今の和には、そんな日は一生来ないように思えた。


 朝陽はそれ以来、何も言ってこなかった。あの剣幕に、閉口してしまったのかもしれない。浩太とも、特に話すこともないまま日々が流れ、新学期も半ばを過ぎた頃、和のクラスに転入生が現れた。

 二年のこの時期に転入というのは珍しい。どうやら帰国子女で、父親の仕事の関係で日本に戻ってきたという。明星の編入試験は難しいことで知られている。それに通ったということは、かなりの優秀さなのだろう。


 彼女の名は、紫園寧々(しおん・ねね)。英語が堪能で明るく、物怖じしない彼女は、あっという間にクラスに溶け込み、皆と仲良くなった。和は、どこか朝陽と雰囲気が似ていると感じた。


 和はクラスメイトと仲が悪いわけではない。けれど、誰とも特別に親しいわけでもなかった。誰かの家に遊びに行くでもなく、誕生日にプレゼントを贈り合うこともない。むしろ自分から、距離を置いていた。成績が抜群に良いこともあり、皆も和は勉強にしか興味のないタイプだと最初は思っていたようだ。


 でも昨年の体育祭で、少し見る目が変わった。それに元々、仲間外れ人されているわけでもない。ただ和がいつもどこに誘われても断るので、そういう場が苦手な人物であるとは認識されているようだ。それで良いと窓は思っている。誰とも深くは関わりたくない、と。


登校途中の電車内、不意に肩を叩かれる。


「Hai! 和!」


振り返ると、そこにいたのは紫園寧々だった。


「紫園さん」

「Good morning、和。いつもこんな早い電車に乗ってるの?」


彼女と同じ通学電車なのは、前から気づいていた。帰りの車内でよく見かけていたからだ。寧々はいつも数人の女子と一緒だった。話しかけられるのが面倒だったから、和はその姿を見ると、そっと別の車両に移動していた。朝は、他の生徒たちを顔を合わせないですむように、皆の通学時より三十分早い電車に乗っている。


「おはよう、紫園さん。私はいつもこの電車よ。今日はどうして早いの?」

「道理で全然会わないわけだ!」

「“いつも”って……?」

「だって帰りは同じ電車なのに、全然姿見えないんだもん。で、皆に聞いたの。和は毎日一番に登校してるんだって。さすが優等生!」

「優等生?」

「うん、みんなそう言ってるよ」

「そう」

「だから今日、頑張って早起きしてこの電車に乗ったんだ!」

「わざわざ? どうして?」

お読みいただきありがとうございます。

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