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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第一章 錯綜(さくそう)

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錯綜2-3-②:罰は静かに、確実に。そして微笑む少女

どこかで見たことのあるような少女が、こちらを見て親しげに微笑みながら立っている。どこから現れたのだろう。さっき車内を見回したときには、こんな子はいなかったはずだ。どこで会ったんだろう。思い出せない。


少女は、男と和の間にすっと割って入るようにして、和のすぐ横に立った。間を遮られた男は「チッ」と舌打ちし、そのまま踵を返して去って行った。男が立ち去り、和はホッと胸を撫でおろす。


「お姉さん、どうかした?」

「あ、ううん。あ、あの、でも、あなた、どこかで…?」

「覚えてない? ほら、この前、駅のトイレでお姉さんが気分悪そうにしてたときに会ったでしょう?」

「あ!」


確かにそんなことがあった。あれは、岳と出くわした日のこと。あのとき少女に声をかけられ、ほんの少しだけ会話をした。そのときの少女の言葉は今でも印象に残っている。だが、出会ってしまった岳のことが頭を支配していて、少女の顔までははっきり覚えていなかった。そういえば、こんな感じの子だった。

この前と同じく、身なりがきれいだ。服装だけはなぜか記憶に残っている。裕福な家の子、そんな印象を受けたからだ。


「思い出した?」


少女は和を見上げ、笑顔を浮かべる。


「ええ、この前はありがとう」

「私、何にもしてないよ。あ、でもちゃんとお願いはしたよ」

「お願い?」

「ほら、お姉さんにひどいことをした奴に罰が当たりますように、って。そうお願いすると約束したでしょう? 効き目、あった?」


事件のことを知っているのだろうか。いや、この子とは駅のトイレ内で会っただけ、岳と揉めていたところまで見ていたはずはない。でも……。


「ええ。あったわ」

「ほんと? よかった。もうお姉さんにひどいことする奴はいなくなった?」

「うん、もういないわ」

「よかった。じゃあ、お姉さん、またね」

そう言って少女は、次の車両へと歩き出した。

「あ……」


和は思わず引き止めようとしたが、少女は一度だけ振り返って手を振ると、急ぎ足で去っていった。やっぱり不思議な子だ。和が危機に陥りそうになると、決まって現れる。得体が知れない、でも怖いとか、気味が悪いとか思わないのは何故だろう。」


(まさか、ピンチを救ってくれる天使とか……)


そんな考えがよぎり、思わず首を横に振る。自分の馬鹿げた想像に苦笑してしまう。おとぎ話でもあるまいし、天使などこの世にいるはずがないのに。そんなものがいれば、あんな事は起こらなかった――。


***


 それ以上、何事も起こることなく二学期は終わりを迎え、季節はクリスマスへと移っていた。和は叔母が注文しておいたというケーキを取りに向かう。最近評判のそのケーキ屋は、予約が取りにくいと噂されているらしく、叔母は二ヶ月も前から予約していたという。きっと和を喜ばせようとしてくれているのだ。いつも気遣ってくれる叔母夫婦には感謝しかない。


 店は家から電車で二駅先にある。叔母は自分で取りに行くと言っていたが、ご馳走を作ると張り切っているので、和が取りに行くと叔母に言って出てきた。駅に着くと改札口近くの階段の下で、人だかりができている。


「救急車を呼んで!」


そんな叫び声が聞こえる。和が近づいていくと、男が頭から血を流して倒れていた。


「でも会の落ちた人、痴漢ですって?」

「自業自得よね」


ひそひそと交わされる声。その言葉に、和は倒れている男の顔をそっと伺った。


(この男、前に電車で見た痴漢……?)


人々の話をつなぎ合わせていくと、男は階段で前を歩いていた女性の胸に手を伸ばそうとして、足を滑らせたらしい。後ろから伸びてきたその手を、女性が思いきり振り払った拍子に、バランスを崩して転げ落ちたのだという。階段でそんなことをしようとするなんて。――まさに、自業自得。


頭から血を流して倒れ込んでいる男を取り囲む人々の視線に、同情の色は殆どない。誰もが冷ややかで、軽蔑すら混じっている。無様に倒れているその姿を見て、和は思わず笑いそうになる。


――悪いことをした人には、罰が当たる。


少女の言葉が脳裏をよぎった。やがて救急車と警察が到着し、男は運ばれていった。運ばれる途中、気が付いたのか、周りの冷たい視線を見て何か怒鳴っていたようだから、大事には至らなかったのかもしれない。だが、痴漢行為が明るみに出たのなら、ただでは済まないだろう。


(いい気味)


あんな男たちには、みんな罰が下ればいい。弱い者を虐げる者など、この世からいなくなればいい。

あんな男達にはみんな罰が当たれば良いのだ。自分の快楽のために女性を虐げる男など罰が当たって当然。あんな奴らはこの世からみんないなくなってしまえば良いと思った。


***


和はそのまま次の電車に乗り、目的の駅で降りると、まっすぐケーキ屋へ向かって歩き出した。しばらく進んだ先に、二人連れの人影が見える。一人は浩太、もう一人は中学生くらいの女の子だった。


「あら、上條君?」


嫌な男の無様な姿を見て気分が高揚していたせいか、つい声をかけてしまった。普段なら、気付かれないようにしていたはずだ。和の声に浩太が振り返る。


「深見さん?」


驚いたような顔。


「偶然ね」

「深見さんの家ってこのあたり?」

「ううん。叔母に頼まれて、ケーキを取りに来たの」

「ケーキ?」

「あっ、もしかして、ル・ソレイユのケーキ?」


横にいた女の子が、目的のケーキ屋の名前を口にした。その顔を改めて見た和は、彼女が浩太の妹ではないかと思う。昔会ったことがある。そのまだ面影が残っていた。

お読みいただきありがとうございます。

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