錯綜2-2-③:“どうして笑えるの?”過去を背負った二人
(どうして……)
どうしてそんなふうに笑えるの。母親が殺されても、そんなに平然でいられるものなの?理解できない。
母親の死は、和と同じように深い意味はなかったのか、そんな風にも思ってしまう。和は浩太と話してみたいと思ったが、自分から話しかけることはなかった。いつの間にか、人と必要以上に関わるということを避けるのが日常になっていたからだ。自分の身は自分で守るしかない。その教訓が骨の髄まで染み込んでいる。
一学期の間、二人はほとんど話をしなかった。和は、浩太が自分に気づくのではないかと不安と期待を抱いていたが、彼は全く気づく様子はなかった。気づいてほしくない気持ちと、どうして気づかないのかという苛立ち。その矛盾が、心の奥でせめぎ合っていた。
昔の自分を知る人には会いたくない。でも、何も知らなかった、汚れる前の自分を覚えている人に、また会いたい、そんな気持ちも捨てきれないでいる。人の心とは矛盾だらけだ。
二学期に入り、委員会の担当が交代し浩太が委員長、和が副委員長になった。彼の成績は意外と良く、いつも和と僅差だった。サッカー少年の頃は勉強より、体を動かすの好き、そんなキラキラした存在だった。
浩太もは事件の後で勉強に打ち込んだのだろうか。和と同じように、自分を守るために、嫌な事を忘れるために。そう思うと、奇妙な親近感が芽生えた。
一緒に委員会をすることに、和は何となく喜んでいる自身がいる。もしかしたら、気づくだろうか──。
「よろしく」
浩太のその言葉に、和は頷いた。何か言いたいのに、言葉が出てこない。
「こちらこそ」
それが精一杯だった。もっと自然に話したかったのに。昔のように、誰とでも話せた自分は、もういないのだと、あらためて実感する。
「深見さんって、笑わないんだね」
ある時、浩太の真顔でそう尋ねてきた。和は少し苛立ちを覚えた。
(そっちこそ、どうして笑えるの?)
あんな過去があって、どうして。母親が殺されただけでなく、犯人が祖母だなんて、そんな思い荷物を背負っているのに。どうしてそんな普通負でいられるのか、と問いたくなる。
「何も面白いことがないのに、笑う人がいるの?」
そう言い返すのがやっとだった。和の心には、どんな笑いも届かない。テレビを見ても、誰といても、何も感じない。──いつか普通に笑える日が来るのだろうか。そんなことを考えていたら、目の前の浩太が少し困った顔をしていた。
「二学期は学園祭とかいろいろあるから大変よ。気を抜かないで」
そう言って和はその場を去った。こんなに目の前にいるのに浩太は和に気づかない。昔の記憶なんて、彼の中ではもう消えてしまったのだろうか。和自身、昔の自分のことなど、とっくに捨てたはずなのに、なぜこんな事を思ってしまうのか分からなかった。
その後も、委員の仕事で放課後に二人きりになることは何度かあったが、会話らしい会話はなかった。何を話せばいいのか分からない。何か話さなければ、そう思い心と無理に話す必要などない。第一、話す事なの度何もない。そう思うたびに、少しだけ心がきしむ。
ある日、浩太が深く溜息を吐いてから、静かに口を開いた。体育祭の準備で催し物のアンケートの整理をしていたときだった。
「深見さんって、誰にでもこんな感じなの?」
不意の問いに顔を上げる。意味がよく分からない。
「何の話?」
「何かこう、素っ気ないっていうか。俺にだけ、じゃないよね?」
よく意味が分からない、浩太に対して、他の生徒とは違うという意識はあるが、特に誰かと態度を変えた覚えはない。
「上條くんと他の人を区別してるつもりはないよ。……私はいつもこんなだから」
そのまま、目の前のアンケート用紙に視線を落とす。それ以上は語らなかった。何か態度に出ていたのだろうか。もしかしたr必要以上に浩太を無視していたとか。否、そんなわけはない。心を見透かされないよう、あえて突き放すように答えた。
「あ、そ、そう……」
浩太は少し所在無げな表情を浮かべたあと、また元の作業に戻った。
どうして、もっと普通に答えられないのだろう。他の女子のように、もっと優しく、柔らかく。そうしたらいろんな話ができるかもしれないのに──けれど、和はもうあの頃の少女ではない。自分は、もう、違うのだ。そんな思いがまた、頭をもたげる。いつまで経っても何も変わらない。
「あ、あの……深見さんって、どんな時に笑うの?」
静まり返った空気を破るように、浩太がぽつりと尋ねた。あまりに唐突な質問に、和は思わず顔を上げた。
(はあ?)
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