混沌2-2-⑨:事実は小説より奇なり
「もし紫園さんが一緒にいたとしても、あなたも巻き込まれていた可能性の方が高いと思う。だから、そんな風に考える必要はないんじゃないかな」
和は穏やかな口調で続ける。寧々にとってその言葉は、これまでにも何度も向けられてきた種類の慰めだった。だが、寧々にはどこか遠くにある言葉のように聞こえる――本当の事を知らないから。そう思ってしまう自分がいる。
「明星に来て、浩太のお母さんの事件の事を知った時は驚いたよ」
寧々は話題を変えるように言う。
「まさか、こんな近くに同じような境遇の人がいるなんて思わなかった」
「上條君のお母さんの事件、知っているの?」
和は少し身を乗り出す。
「うん。和も知っているの?」
「サッカーをやっていた頃に、上條君とは何度も顔を合わせた事があったから。ニュースを見て気付いたの。他の保護者の人たちもひそひそ話してたし」
和は頷く。
「チームは違っていたから、私自身がその話しをした事はなかったけど。当時はかなり大きく取り上げられていた事件だったし、他に覚えている人も多いと思う」
一度言葉を区切る。
「上條君、あの事件の後でサッカーを辞めたし」
「そうなんだ……」
寧々は小さく呟く。
「でも、紫園さんは誰から聞いたの?」
和は視線を向ける。
「学校ではそんな話題になった事はないし、木島君が話すとも思えない」
「そうだね。朝陽は話さないと思う」
「じゃあ、どうして知っているの?」
和の声には疑いが混じる。
「偶然だよ」
寧々は短く答える。
「その事を知っている人に、たまたま会ったの」
「偶然って……」
和は納得し切れない様子で寧々を見る。その視線には、先程までとは違う探るような色が含まれていた。確かに、不自然だ。そんな話を知っている人物に、都合良く出会うなど、簡単に起こる事ではない。
「世の中には、色んな偶然があるよ」
寧々は表情を変えずに言う。
「現実は小説より奇なりって言葉もあるでしょう」
自分に言い聞かせるようでもあった。
「……あるかもしれないけど」
和は完全には納得していない様子で言葉を濁す。その反応に、寧々は胸の奥がざわつくのを感じた。
「そう、あるんだよ、こういう偶然。同級生で、同じように母親を殺されるなんていう普通じゃない現実を抱えた私と浩太が、同じ高校に通っているなんてね。私も吃驚だよ」
寧々は言葉を重ねる。そこに含まれている内容は嘘ではない。明星に来た理由は偶然とは言い切れない部分もあるが、浩太の存在に関しては何一つ知らなかった。出会いそのものは、確かに偶然だった。
「それは、そうだけど……その、紫園さんに上條君の事を話した人って、学校の誰かなの?」
和は慎重に問いを重ねる。声色は穏やかだが、探る意図がはっきりと伝わってくる。
「ううん、違うよ」
寧々は短く答える。大谷優斗の名前を出すべきか、一瞬迷う。優斗は和と同じ少年サッカーチームに所属していた。名前を出せば記憶に引っ掛かる可能性は高い。だが、そこから説明を求められた時、辻褄を合わせ続ける自信がなかった。何故大谷優斗を知っているのか、何故、わざわざ会いに行ったのか。
偶然知り合ったと言うには無理がある。いっそのことナンパされたとでも言えば、無理くりにでも辻褄合わせられるかとも一瞬思ったが、あの優斗はとてもそんな軽いキャラには見えなかった。和から山下岳の話を引き出したいという思いはあるが、その名前を出すだけで和の警戒心を強める可能性もある。話を進めるどころか、逆に距離を取られてしまうかもしれない。
遠回しに探る方法も頭を過るが、どう切り出せば良いのか分からない。それに、この話題自体が危うい。追及された時、自分の抱えている秘密に触れられる恐れがある。知りたいのに、踏み込めない。そのもどかしさが、胸の内で渦を巻く。
「前の高校で、誰かがそんな話をしてた。浩太の元同級生だったのかも?でもその時は私もまだ、浩太とは面識なかったし、世間話的に聞いていただけ。この学校に来て、あ、って思ったの」
「そう、なの?」
和は疑いを隠さない表情で寧々を見る。その視線は先程よりも明確に、相手の言葉の真偽を測ろうとしているものだった。だが、それ以上追及してくる事はなかった。踏み込まない理由は分かる。和にもまた、他人に触れられたくない領域があるからだと寧々は感じていた。山下岳は、和にとっても隠したい存在なのだ。
お読みいただきありがとうございます。
リアクション・評価・ブックマーク&感想コメントなど頂けましたら大変励みになります。
今後ともよろしくお願いします。




