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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第四章 混沌(こんとん)

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混沌2-2-⑧:語られた真実と隠された核心

「何を言っているの。前にもそんな事を言って、木島君を怒らせたのでしょう。それは(たち)の悪い冗談だって」


和は半ば否定するように言う。


「本当は……冗談じゃないの」


寧々は落ち着いた声で答える。事件の事を話したとしても、あの核心まで露見する事はない。その事実を知っているのは、今となっては寧々だけなのだからと、自分に言い聞かせる。


「冗談じゃないって、どういう事……?」


和の声に、動揺が混じる。


「本当に……お母さんと妹は、殺されたの」


寧々は同じ言葉を繰り返す。その言い方は淡々としていたが、その奥にある記憶は決して穏やかなものではないだろう事が伺える。


「殺されたって……まさか……」


和は言葉を失う。


「事実だよ。その時、私は二階にいた。階下(した)で起きている事には気付かなかったの。眠ってしまっていたし……」


寧々はゆっくりと語る。


「目が覚めて、階下に降りて行ったら……お母さんと妹は、殺されていた……」

「本当に、現実に起こったこと……なの?」


和は信じ切れないという表情で問い返す。寧々は和を見ず、顔を横に向けて頷く。


「それって、アメリカでの出来事?」

「違うよ。アメリカに行く前の事。多分、あの事件があったから、お父さんはアメリカ勤務を選んだんだと思う。日本にいるのが辛かったんじゃないかな」


寧々は淡々と続ける。


「犯人は見たの?」


和の問いに、寧々はゆっくりと首を横に振る。――見ていない。そう言い続けてきた。それは、これからも変える事の出来ない事実だ。


 あの時、犯人の特徴を警察に話していれば、山下岳は捕まっていたかもしれない。それでも、寧々は口にしなかった。口に出来なかった。あの男を見たとは、どうしても言えなかった。寧々は、心のどこかで、あの男が捕まらない事を望んでいた。


 母と妹を殺した憎むべき相手であるにも拘らず、それよりもあの男の口から、真実が漏れることの方が怖い。


「私がそこに行った時には、誰もいなかった。いたのはもう息をしていない、お母さんと妹……」


寧々の声が微かに揺れる。血に染まった床。動かない身体。あの光景が、今も脳裏に焼き付いて離れない。


「どうして、そんな事に……」


和は戸惑いを隠せない様子で呟く。


「分からない」


寧々は短く答える。本当は分かっている。あの男は母に異常な執着を見せていた。母を探し出し、家に押し入ったのだろう。拒絶された事で感情が暴走し、そこにいた妹までも手に掛けた。妹は、あの男にとっては他人だから――。


 だが、それを口にする事は出来ない。犯人が誰で、何故あんな事が起きたのか。その全てを知っていながら、寧々は何も語らない。語る事が出来ない。その事実が、静かに、しかし確実に、寧々の心を蝕んでいた。


「警察は強盗の線で調べたみたいだけど、盗られた物は何もなかったの。お母さんは人に恨まれるような人じゃなかったし、妹はまだ四歳で、誰かの恨みを買うなんて考えられないし。それで、居直り強盗じゃないかっていう話になったみたい」


寧々は警察から聞かされた、通り一遍の説明を、そのままなぞるように口にする。何度も頭の中で繰り返してきた言葉だから、感情を抑えたまま語る事が出来た。


「でも前に、妹は自分が殺したようなものだって言っていたよね。それはどういう意味?」


和は納得し切れない様子で問いを重ねる。


「あの時、妹と隠れん坊をしていたの」


寧々は静かに答える。


「私は押し入れに隠れて、そのまま寝てしまった。もし寝ていなかったら、もし隠れん坊なんてしていなかったら……」


一度言葉を切る。


「もし隠れていたのが妹だったなら、殺されていたのは妹じゃなくて、私だったかもしれないって……」


それは、これまで何度も口にしてきた説明だった。だが、本当は違う。


 仮に状況が逆だったとしても、殺されていたのは莉子だった。あの男の言葉が真実であるならば、結果は変わらなかった筈だ。それでも、何も出来なかった自分に、何も語らなかった自分に、責任が全く無いとは思えない。その感情は、消える事なく胸の奥に残り続けている。


「それは……仕方のない事でしょう」


和は少し言葉を選びながら言う。


「誰も予想出来なかった事が起きたのだから。それに、あなたもまだ子供だった」

「小学校一年になったばかりの頃だったかな」


寧々は補足するように言う。

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