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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第四章 混沌(こんとん)

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混沌2-1-⑨:束の間の穏やかな時間、それぞれが抱える影

「木島君にも言わない?」


和が少しだけ躊躇いながら訊く。


「あ、朝陽?朝陽かあ」


浩太は一瞬考えるように視線を泳がせた。


「もし話しても、朝陽は絶対大丈夫だって保証出来るけどさ。深見さんが言わないで欲しいって言うなら、絶対言わない」


浩太は真面目な顔になり、はっきりと言った。


「約束する」


約束する――その言葉を聞いた瞬間、和の胸が僅かに高鳴った。暗い過去を抱えているのに、こんなにも屈託のない笑みを浮かべる事が出来る。そして、こんなにも真っ直ぐな言葉を口に出来る。和は改めて浩太という人間を見直した。けれど同時に思ってしまう。自分には無理だ、と。背負っている物の次元が違う。そんな風に感じてしまった。


「上條君って案外強いのね」


和がぽつりと呟く。


「案外?」


浩太が苦笑する。


「あ、ごめん」

「いや、良いけどさ」


浩太は肩を竦めた。


「でも、そうでもないよ。これでも荒んでいた時期はあるんだ」


浩太の声は少しだけ静かになった。


「その頃は、誰とも口を利かなかった。学校でも殆ど喋らなかったし」


そして少しだけ笑う。


「でも朝陽がさ、俺を暗闇から引きずり出してくれたんだ」


きっと、それだけではない。和は心の中でそう思った。浩太には支えてくれる家族がいた。家族の愛情に浩太は包まれている。助け合える者が傍にいるというだけで、人は救われる部分がある。でも、和の母は違った。母は和に寄り添ってはくれなかった。あの人は、いつも自分の事しか見ていなかった。そんな思いが胸を占める。


「ねえ、お父さんに会いに行かないの?」


浩太が何気ない口調で言う。


「え?」


和は思わず聞き返した。そんな事は、微塵も考えた事がない。第一、もう父親だなどと思っていない。


「お父さんは会いたいと思っているかも」

「家族を捨てた人よ」


和は即座に言った。


「でも、深見さんの事は絶対忘れていないと思う」

「さあ、どうかな」


和は視線を逸らす。


「もう十年も会っていないし。向こうだって私の顔なんて覚えていないわ」


少しだけ間を置き、苦く笑った。


「私も忘れていたくらいだし」

「そうかなあ」

「そうよ。それに、どっちにしても会うつもりなんてこれっぽっちもない」


和ははっきりと言い切った。


「もう他人とおんなじ」

「そう……」


浩太はまだ何か言いたそうな顔をしていた。しかし結局、その先の言葉は口にしなかった。


「あれ~、何?」


丁度その時、買い出しに行っていた朝陽と寧々が帰って来た。寧々は袋を提げたまま二人の顔を覗き込み、首を傾げる。


「何?何か親密なムード?何話していたの?」

「特に何も話していないわよ」

「そうかなあ」


寧々はいつもふざけている様に見えるが、時折妙に勘の鋭いところがある。軽い調子で笑っていても、人の空気の変化には敏感だ。今も二人の間に流れていた微妙な空気を、何となく感じ取ったのかもしれない。


「まあ、良いか。で、どれ食べる?焼きそばパン一つしかなかったから」


寧々は買って来た袋を開き、テーブルの上にパンを並べながら尋ねる。


「私はどれでも良いわよ。皆の食べない物で」

「え~、張り合いないなあ。どれも選びに選んで買って来たんだよ。ね、朝陽」

「うん」


朝陽は袋を畳みながら素直に頷いた。


「そんな選び抜いたとも思えないけど?」


浩太が並べられたパンを見ながら言う。焼きそばパン、玉子サンド、カツサンド、コロッケパン。どれも購買では定番中の定番だ。確かに特別珍しい物がある訳ではない。


「すっごい悩んだんだよ。分からないかなあ」


寧々は心外だと言わんばかりに頬を膨らませる。


「全然」


浩太は少し笑いながら、揶揄う様な口調で答えた。


「分かった。じゃ、私、焼きそばパン貰うからね」


そう言うと寧々は迷いなく焼きそばパンを掴む。


「あ~、じゃ、俺、こっち」


今度は朝陽がコロッケパンを手に取った。その様子を見て、浩太は思わず苦笑する。残ったのは玉子サンドとカツサンドの二つだ。浩太はその二つを見比べ、それから「どっちにする?」と尋ねる様な顔で和の方を見る。


 和は小さく首を振り、掌を軽く向けて「どうぞ」という仕草をした。自分はどちらでも構わない、そんな意思表示だった。それを見ると浩太は頷き、少し迷った末にカツサンドを手に取った。


こんな何気ないやり取りをしている時間の中にいると、和はふと自分が普通の高校生の様な気がしてくる。友達と一緒にパンを分け合い、他愛のない事を言い合う。それだけの事なのに、どこか温かく、穏やかな時間。けれど、心の奥では別の声が静かに囁く。


 ――お前は違う。


そんな声が、消える事なく残っている。自分の存在を消してしまいたいという思いは、いつも心の奥底に沈んでいる。普段は蓋をしているだけで、完全に消えた訳ではない。こんな風に笑っていても、その感情は決して離れてくれない。


 いつか、この思いが消える日は来るのだろうか。和はぼんやりとそんな事を考えながら、テーブルの上の玉子サンドにそっと手を伸ばした。

お読みいただきありがとうございます。

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