混沌2-1-①:静かな告白ーそれぞれの過去
第二部
一.
「ねえ、上條君」
二学期に入り、和は浩太と共に体育委員に選ばれていた。この日は放課後に教室へ残り、体育祭の催し物について相談をしていた。朝陽や寧々も最初は一緒に残っていたのだが、「お腹が減った」と言って食料の買い出しに出掛けてしまい、気付けば教室には和と浩太の二人だけが残っていた。
夕方の教室は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。窓の外からは運動部の掛け声が遠く聞こえていた。
「こんな事、聞くものじゃないとは分かっているのだけど……」
和は少し視線を落としながら言った。
「何?」
浩太は机に肘をつきながら振り向く。和から話しかけてくるなんて珍しい、と浩太は思った。和は普段、必要最低限の事しか喋らない。学校行事に関する話題であれば普通に意見を述べるが、個人的な会話になると途端に口数が減る。
それでも寧々が二人の間に入るようになってからは、入学当初に比べれば随分と話すようになったと浩太は感じていた。最初に会った頃の和は、本当に取り付く島もないという印象だったのだ。
浩太は時々、サッカーをしていた頃の和を思い出す。あの頃の和はもっと感情が表に出ていた。今の彼女は、その頃とはまるで別人のように静かだ。前に和は、母親が自殺したと言っていた。その出来事が、彼女の心に深い影を落としているのかもしれない。親に自ら命を絶たれるなど、想像するだけでも胸が重くなる。相当な衝撃だったはずだと浩太は思う。
「おばあさんが捕まった時、どう思った?」
「は?」
浩太は思わず間の抜けた声を出した。まさかそんな質問をされるとは思っていなかったからだ。
「ごめん、変な質問だよね」
和はすぐにそう言い添えた。和は自分の父が捕まったというニュースを知った時、ふと浩太の顔を思い出していた。勿論、状況は全く違う。浩太の場合、殺されたのは実の母親だ。和が受けた衝撃とは比較にならないはずである。
実際のところ、和自身はそれほど大きな衝撃を受けてはいなかった。父が犯した罪は浩太の祖母と同じ殺人ではあるが、被害者の女性は和にとって見ず知らずと言ってもいいほどの赤の他人だった。寧ろ、あの女さえいなければ今も家族と一緒に平穏な暮らしをしていたのではないか。そう思ってしまう相手でもある。
その上、父とは小学校一年の時に母と離婚して以来、ずっと音信不通だった。今となっては他人と変わらない存在と言っても過言ではない。
「なんで、そんな事」
浩太には和の質問の意味が理解出来なかった。和は普段、他人の事情には無関心な態度を取っている。それが本当に無関心なのか、それともそう装っているだけなのかは分からないが。
「実は……私の父が。父親と言っても、私が小学校一年の時に母と離婚したから、それ以来会っていないし、今では他人みたいなものだけど、その人が殺人犯で捕まったの」
「え?」
浩太は思わず目を見開いた。耳を疑うとは、まさにこの事だと思った。和は、まるで日常の出来事を話すかのような口調でその言葉を口にした。声には殆ど抑揚がない。浩太はどう返事をすれば良いのか分からず、戸惑いながら和の顔を見つめる。もしかしたら、また揶揄っているのではないか。そんな疑いも頭をよぎった。和は以前にも似たような事を口にした事があったからだ。
「だから、上條君はどうだったのかなって思って」
和は父が殺人犯として捕まった事実を、本当は誰にも知られたくなかった。出来る事なら、ずっと自分の中だけにしまっておきたかった。それでも何故か浩太には聞いてみたいという衝動に駆られたのだ。理由は自分でも分からない。ただ、浩太なら答えてくれるのではないかという妙な確信があった。
「ごめん。私と上條君じゃ比較にならないよね。うちの父が殺した相手は赤の他人だもの。でも上條君のおばあさんは……」
和は言葉を途中で止めた。浩太は黙って和の顔を見る。この話が本当なのか、それともまた自分を試しているのか、浩太には判断がつかなかった。
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