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深層の滓(しんそうのおり)  作者: 麗 未生(うるう みお)
第四章 混沌(こんとん)

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混沌1-3-⑬:饒舌な少女の笑みー得体の知れない違和感

 その瞬間、鳴海の背中を小さな悪寒が走り抜けた。ぞわっとした感覚が胸の奥から這い上がってくる。理由は分からない。ただ、得体の知れない何かに触れてしまったような奇妙な感覚だった。依智伽は鳴海の顔を見つめながら、クスクスと小さく笑う。


「……馬鹿だなあって思う」

「え?」


鳴海は思わず聞き返した。今、馬鹿だなあと言う前に、何か別の言葉を口にした気がした。


「何て?」

「だから、馬鹿だなあって思う」

「その前に何か言ったでしょう」


依智伽は肩を竦めるようにしてようにして答える。


「そんな事して、馬鹿だなあって」


鳴海は首を傾げた。もっと違う言葉を言ったような気がしたのだ。ほんの一瞬、聞き取れなかった何かがあった。そしてそれが妙に身体の奥に残っている。胸の中で小さくざわつくような違和感が消えない。ただの気のせいだろうか。依智伽はそんな鳴海の様子など気にしていないように、軽い口調で話題を変えた。


「でも先生とお話してちょっとすっきりした。お母さんの事なんてどうでも良いと思っていたけど、知っているおじさんがお母さんを殺したなんてニュースで見ると、誰かと話したくなったりするんだよね。でもこんな話する人、周りにいないもん」

「先生で良かったら、いつでも話し相手になるわよ」


鳴海は出来るだけ穏やかな声で答えた。依智伽は少し目を丸くする。


「本当?でもこれって診察?それだとお金かかるんだよね。お小遣いで足りるかな」

「ただお話しているだけだから、そんな心配はしなくて良いわ」


鳴海がそう言うと、依智伽は安心したように頷いた。そしてまた、にこっと笑う。その笑顔は先程の笑みとは違い、年相応の子供らしいものだった。その無邪気さを見て、鳴海は先程感じた不気味な感覚が逆に増すように感じる。意識して表情をか作り変えているような、そんな気さえする。


 依智伽は軽く手を振り、そのまま帰って行った。その背中を見送りながら、鳴海は先程の笑みの事をもう一度思い返していた。家に帰った鳴海は、その日の出来事を桃香に電話で話した。


「へえ~、三芳梗子の娘が会いに来たの?」


電話の向こうで桃香が少し驚いた声を上げる。


「ええ。ちょっと吃驚したわ」

「やっぱり自分の母親を殺した人間が逮捕されたのだから、気になるんじゃない」

「まあ、勿論そうだろうけど。私に会いに来るなんて思わなかった」

「逮捕された人間が岡野だって事もあったのじゃない?その子、岡野が自分の父親かも知れないって事知っているのでしょう」

「ええ、多分気付いているわ。でもどうでも良いとか言っていたけれどね」

「どうでも良い?強がりでしょう」


桃香は即座に言った。


「それが、そうとも言い切れない感じだったのよ」


鳴海は今日の依智伽の様子を思い返しながら答える。


「相変わらず大人びた感じなのね」

「ええ。前にも増してね」

「ふーん。岡野の事、気にしていた?」

「気にはしていたわ。でも岡野さんは人殺しなんてしないって言っていた」

「やっぱり子供ね。父親を信じたいのじゃない?庇ってる?」

「そんな感じでもなかったのよ」


鳴海は静かに言った。


「じゃ、どんな感じだったの?」


桃香の問いに、鳴海はすぐには答えられなかった。依智伽の言葉を思い返すほど、あの時の笑みが頭に浮かんでくる。


「相変わらず感情が表に出ない子だから、はっきり分からないところも沢山あるのだけれど。信じたいとか、そういう感じではないの。岡野さんにはそんな事出来ないって。何て言うのかな、凄く淡々とした口調で喋るの。抑揚が殆どない話し方をするから逆に、言葉に妙な真実味を感じる」

「父親を慕っているっていう感じでもないのね」

「そうね……。あの子にとって岡野さんは、食べ物をくれる優しいおじさん。それ以上でも、それ以下でもないという感じ。特別な期待を向けている様子もないし、かと言って嫌っている様子もない。何と言うか、距離が決まっている相手という印象だった」

「でも知っている人間が自分の母親を殺したかもしれないなんて、普通は相当驚くでしょうに」

お読みいただきありがとうございます。

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